2003年 8月

2003/08/31   明日から    NO 532

 過去に書いたが、自宅から私の隠れ家のある事務所まで、歩いて1000歩。遠回りで商店街の中を通っても1200歩。運動のためにと、出来るだけ歩くようにしていたが、暑い日は堪えるもの。「誰か、車で迎えに来て欲しい」という電話が増えてきていた。

 葬儀社という仕事に永年従事していると、自然に知人が多くなり、「おはようございます」との挨拶は、事務所に着くまで10人や20人では済まなくなる。

 そんな中には、「ちょっとモーニングに付き合えよ」ということで、喫茶店に寄り道することも少なくない。

 朝の喫茶店で私のすること、それは、置かれてあるスポーツ新聞を含めて8紙を長し読むこと。所謂「斜め読み」というテクニックで次々に変えていく。

 「何処を見ている。えらい早いな」なんて言われるが、一応は隅々まで目を通している。

 私の異名に「雑学博士」というのがあるが、こんな時間も情報源のタネ。これらは講演の際の潤滑油となるネタとして重宝している。

 さて、昨日、そんな私にスタッフ達が自転車を買ってきてくれた。健康を目的に秋からゴルフを再開し、月に1回は行こうと思っているが、そのための下半身強化には最適。早速、帰路からハンドルを握ることにした。

 「盗難除けのマジナイです」 女性スタッフがそう言ってくれた手造りの社名入りシールを「泥除け?」に張った。

 <弱っている。こんなに衰えていたのか?>

 それは、100メートルも走らない内にはっきりと感じることになった。歩いている時に然程感じなかった「坂」、それが確実に伝わってくる。<これではいけない>との悟りが生まれ、しばらく体力増強に取り組む気持ちになった。

 数日前、定期的な採血検査を受けたが、「結果に問題があったら電話をします」とおっしゃってくださったお医者様。次回の検査で良い方に数値が変化することを願いながら努力するつもり。

 明日から9月、暦からは秋の訪れ。私の好きなシーズンに突入するが、台風の襲来だけは恐ろしい。強風に揺れる我が欠陥住宅。2匹の飼い猫が危険を察知して行動するように、また共に1階に避難しなければならない。

 葬儀にとって台風は最大の難敵。人生終焉の大切な儀式に参列できない悲劇も生まれる。過去で毎年泣かされた台風、今年は小さくて発生が少ないことを祈っている。

 明日は、防災の日。関東大震災の被害光景をテレビで見たことがあるし、阪神淡路大震災の記憶も生々しいところ。「地震」の恐ろしさも心しながら、取り敢えず「自身」の身体を鍛えることを始めたい。

2003/08/30   講義の中断    NO 531

 ある大型ホテルからレクチャーを依頼され、3時間の講義を行った。

 通された部屋は、洒落た会議室。お客様にも提供する部屋だそうで、30人程度のスペースがあり、人気があるとのことだった。

 ビデオモニター、ホワイトボードがセッティングされ、すでに役員の方を含めて7人の方が在室されておられたが、今回は、ホテル側の意識改革を目的とした一方通行型で進めるシナリオを組み、骨子の中心となるホテル葬の前に、ブライダルサービスとネットによる宿泊予約について話し出した。

 話し始めて10分ぐらいした時、「失礼します。ちょっとお待ちいただけませんでしょうか?」と責任者から突然そう言われ、<話が脱線したから?>と思ったら、「5分間、時間を下さい」と言いながら、部屋を出て行かれた。

 ちょっとシラケタ時間が流れ、出されたお茶をいただく私。冒頭から話した約10分の内容を頭の中で確認したが、中断に至る内容ではなかった筈。

 時間が5分と少々流れた。ノックの音に続いて責任者が戻って来られたが、同時に6人の人を伴っている。

 「突然で大変失礼いたしました。実は、今回のプロジェクトスタッフ以外のメンバーを呼び集めて参りました。まさか、ブライダルや宿泊についてのお話をいただけるなんて予想をしていなかったものですから」

 そんなことで「宿泊支配人です」から始まって6人の自己紹介があり、話が最初からということになった。

 ブライダルサービスについての15分、そして宿泊とネット予約の世界について10分という配分だったが、かなり衝撃を受けられたようで、失礼だが今回もホテル内部の企画力に「?」を抱くことになった。

 そこから約90分、ビデオ映像を織り交ぜながら偲ぶ会やホテル社葬の世界を話したが、終わってからが大変。そこから約1時間、質疑応答のひととき。<いつ開放してくれるのだろう?>と心配した。

 合計13人の受講者だったが、ブライダルや宿泊担当の方々も最後までご一緒。この間、退室された方は1人もなかったが、ブライダルと宿泊の両者の目が輝き、ホテル葬プロジェクトスタッフが意気消沈していた対照的な光景を垣間見ることになった。

 別室でお茶をよばれた時、「こんな世界になっていたのですねえ?」「お客様が体感されているのですねえ?」というため息のような言葉。それは、今後のホテル葬サービスの危機感を確実に感じられたからだと信じている。

 講義の中断が「抗議の中断」でなかったのでホッとした珍しい体験。

彼らに与えたであろう衝撃の世界との遭遇、それは、意識改革にあって最も近道となる重要な手法なのである。

2003/08/29   バナナ広告?    NO 530

 担当した葬儀の満中陰を終えられると、スタッフ達がご自宅に片付けに参上するが、いつもお菓子やジュースなどを頂戴してくる。

 これは、お供え物のお下がり。大切な仏教行儀のお供養として有り難くいただいているが、いつも山ほど集まることになり、スタッフそれぞれの自宅への持ち帰りを奨励している。

 そんな中、珍しく洗剤と缶ビールがあり、「洗剤は独身者。缶ビールは所帯持ち」と勝手に言ったら、女性スタッフ達にお叱りを受けて反省している。

 さて、世の中の移り変わりは激しいもの。知らないところで知らないビジネスが誕生しているようで、昨日に起きた<そんなのがあるの?>という発想を紹介する。

 「弊社は契約する広告会社があり、新規の広告を辞退いたしておりますので」

 女性スタッフが、そんな電話のやりとりをしている。どうやら広告会社のようだが、相手が中々のツワモノで、電話を切るタイミングを逸してしまったみたい。

 「しばらくお待ちくださいませ」と言って保留ボタンが押され、「何とか社長とのアポをとおっしゃっています。インターネットとホテルという言葉がありましたので、ちょっと気になったので」

 そこで、失礼だが、私が社長でない振りをして電話に対応する。

 「素晴らしい企画なのです。是非とも社長さんとのアポをいただきたいのですが?」

 即答を避け、判断を仰ぐ報告のためと言って、骨子に付いて説明を願う。

 「帰社のHPは、かなりのページ検索でトップページに登場されています。そこでご提案なのですが、それを活用した広告を企画したのです」

 私は、それがトップページで見掛けることの多い広告のことを想像し、「あれですか?」と訊ねると、「全く違います」と返ってきた。

 「あの広告は、検索で登場しないから掲載しているものであり、登場する会社はしていません。もう、ネット社会では、そんなマイナスイメージが生まれているのです。今回のご提案は、多くの検索でトップページに登場する企業にしか不可能なことなのです。実は、バナー広告なのです。葬祭関連産業やホテルなど、多くの要望が多いと思いますよ」

 私が、それだったら<リンクじゃないか>と想像した時、別の電話が重要な用件で私を指名。その旨を伝えて「後日に」ということで受話器を置いた。

 もう1本の電話が終わったところで、「バナナ広告って、何だ?」と言ったら、スタッフ達が大笑い。それが自社のページ内に他社の広告を載せることだと教えられたが、「そこからつながることが可能だったら、リンクじゃないか?」と聞き返し、また笑われた。

 変わったビジネスが出現しているものだという体験だったが、また掛かってくる筈だ。

2003/08/28   合  掌     NO 529

 弊社が加盟する日本トータライフ協会のメンバー会社から、創業者であられる会長が急逝されたという訃報通知が入っていた。

 故人は、メンバーのご尊父。メンバーが喪主となって来月下旬に合同社葬が行われるとのこと。

 今日、夜に北海道に行っていた東京のメンバーが来阪するので、この件について打ち合わせをしなければならなくなった。

 私は、30歳の時に親父が亡くなり、喪主を体験した。

長男というものは大変。親戚や参列者が多く、今では考えられないだろうが、火葬場まで大型バス3台という思い出が懐かしい。

 奏楽をお願いし、お寺様が8人と予定していたが、各宗派の大勢のお寺様が通夜と葬儀に参列いただき、中には装束をお付けいただく方もあり、語り草になるような葬儀となった。

 当時の慣習で、業界関係者に仕出し料理を持ち帰っていただくことがあったが、250個用意したのに足りなくなり、親戚の分で急遽間に合わせた秘話もある。

 あの頃から比べると、葬儀は大きく変化した。無駄を省いて合理化されたという社会学者もおられるが、その地に土着する慣習の払拭は難しいようで、地方に行くと「江戸時代そのまま」というような光景が少なくない。

 喪主を体験して一人前の葬儀社になるという言葉があるが、それは確かなこと。私自身の意識改革が始まり、葬祭業を「サービス業」として考えるきっかけになったことも事実。

 正直言って、「悲しんでいる暇なんて全くない」というのが通夜と葬儀の実感。いつの間にか時間が流れ、気がつけば「お骨」が自宅に安置されていたという印象だけが残っている。

 喪主だが葬儀社としての立場から、自分の思いを貫きたいという考えが幾つかあった。ひとつがシキミ(関東や地方でいう花輪)と供花の辞退。「業界と組合の習慣だ」という長老の言葉で棄却。

次に代表者の焼香順位読み上げの割愛。それは、「読まれると思って参列している人に失礼だ」と却下。

 葬儀社でありながら、自身の願う葬儀が出来ないという歯痒さだけが残った葬儀。実行出来たのは親戚の焼香順位の割愛のみ。

 あれから随分の月日が流れた。遺族側の立場という客観的サービスを真剣に考える葬儀社達が集まり出した。そして、日本トータライフ協会が組織構築され、「愛と癒しと思いやり」の活動が始まっている。

 今回、喪主を体験することになったメンバー。彼は、その貴重な体験から、きっと遺族のための新しい発想を提案してくれるだろう。

 そんな思いを託しながら、社員と共に手を合わせる。

2003/08/27   ダブルパンチ    NO 528

 カッターシャツの胸のポケットで携帯電話が震えている。場所は、クリニックの待合室。急いで外に出てボタンを押す。

相手は、東京のメンバー。「今晩、札幌で宿泊し、明日、大阪に飛びます」というが、次の日は名古屋に行くとのハードスケジュール。やはり若いメンバーはパワーがある。

 続いて、また、ブルブル。表示番号を見ると事務所から。すぐに出る。

 「社長、エライことですよ。どうします?」 いきなり、そう言われて驚いた。

 この数日、募集の問い合わせに関する電話が増えてはいたが、ついに業務に差支えが出るほどの状況を迎えているとのこと。

 昔、人材募集を新聞広告で行ったことが何度かあったが、当時の葬祭業のイメージが悪く、反応がさっぱりだった時代が信じられない。

 葬祭業は「お客様に選ばれる時代」の到来。だから斜陽産業だというのが私の考え。しかし、高齢社会の到来を単純に成長産業と捉える考えが強いようで、そんな社会風潮が応募の問い合わせの背景となっているようでもある。

 「社長、ご存じですか。みんなインターネット。おかしいと思ってグーグル検索で確認したらとんでもないことになっていますよ」

 『 葬儀 スタッフ 』・・・・・・・・・17000件でトップ
 『 葬儀 募集 』・・・・・・・・・・・19900件でトップ
『 ホテル スタッフ 募集 』・・・・105000件で2番目

 「それから、『独り言』に書かれた『慈曲』のBGMから、『慈曲』ページへのアクセスが殺到しています。音楽を入れたことを内緒にされた方がよかったと思います」

 そんなダブルパンチの電話、ハイテクに弱い私には「ピーン」と来ない話だが、最後に言った彼女の次の言葉で重荷を背負った。

 「次から次に履歴書が届いています。人事担当が大変だと嘆いていましたから。報告、以上です」

 そこで、北海道のメンバーである苫小牧・室蘭市民斎場の社長が、今年の春に体験した話を思い出した。

 「若干名の募集に120名の応募があったのです。全員、私が面接をしました」

 1人10分平均で20時間。確か2日間を費やされた筈。そんな光景を思い浮かべながら身震いがするが、「人材」は「人財」であるとの考え方を共有しているし、葬祭業は、人生を掛けるべき立派な仕事と誇りを抱いているのが協会のメンバー。応募された方に失礼のないように命じることにした。

2003/08/26   心だけ札幌に    NO 527

 明日、弊社が加盟する日本トータライフ協会の杉田副理事長が、札幌でセミナーの講師をつとめられる。

 主催は、日本葬祭業組合連合会。当協会のメンバー達も出席するということで、今晩から札幌へ飛ぶスケジュールを組んでいたが、数日前から体調が芳しくなく、今日も医師の診断を受けてきた。

 夏バテかな?と思っていたらそうではなく、どうやら牛乳によるアレルギーが発症したらしく、またしばらく服用する薬が増えた。

 杉田氏は、業界に於ける葬祭哲学の第一人者。若い人達に信奉者が多く、今後の葬祭業界の文化向上に大きな影響を与えるカリスマ的人物。そんな彼の世界にご興味があれば、弊社のHP内「リンク」でご訪問をいただければ幸いです。

 10数年前、我々2人が熱く語り合ったことがある。互いの発想に開きはあったが、その指針する方向は「お客様の満足」で、それぞれが描いていた構想がそれぞれの「かたち」として具現化された事実に懐かしさを覚えている。

 「東の杉田フューネス。西の高級葬儀」 そんな言葉が業界に流れていたこともあったが、「奇異」と捉えられていた夢物語は、「フューネラルハウス」と「ホテル葬」というオリジナリティで認識されることになった。

 そんな2人が若いメンバー達に囲まれ、日本トータライフ協会で活動している。

その協会のHPは、彼が構築した世界。多くのアクセスがあり訪問者達が驚かれる内容。やさしいオリジナル音楽が流れ、メルヘンチックなアニメーションまで登場する。

メンバーの会費で活動する非営利団体だからこそ表記出来た各ページ。
「愛と癒しと思いやり」がコンセプト。ご訪問の場合は、弊社トップページの「安心のブランド」からお進み下さい。

 一方で、その協会で始まった「コラム 有為転変」の影響が大きく、メンバー各社のHP内でコラムが流行。この「独り言」もその内のひとつ。

 それらは各社のアクセス数をアップさせ、様々なページ検索でトップページに登場してくる現実が恐ろしいほど。中には、トップページ10社の内の8社がメンバーという事実もある。

 それだけの責任も感じなければならないが、葬祭業は「悲しみのプロ」という仕事。ホテルマン以上の資質が求められる究極のサービス業。そんな精神が業界文化の社会認知に至る筈。

 メンバー各社のスタッフ達、そんな会社の一員である認識を願っている。

2003/08/25   ディナーの席で    NO 526

 昨日からBGMをアップした「慈曲」と「星名国際登録」のページをお開きいただけましたでしょうか? 葬儀の光景をご想像され、何度かお聴きいただければ不思議なイメージが生まれ、安全運転にも効能があるように思っています。

 さて、ある大手ホテルのスタッフのレクチャーに参上した。それから数日後、トップの方からディナーの招待を受けた。

 私は、接待をされるのが大嫌い。そこで、共通する知人を同席することと割り勘ということでご納得をいただいた。

 そんな食事の席、知人が予想もしなかった話題を持ち出した。それは、このホテルと競合する航空会社系列のホテルの話題。

 「あの系列のホテル。社葬やホテル葬を大々的に宣伝しているが、万が一、航空機事故の被害者の偲ぶ会や社葬となったらどうするのだろうか?」

 私は、「ドキッ」としてすぐにトップの表情を窺ったが、意外と悠然とされておられる。そして、私の意見を求めて来られた。

 我々葬儀社は、プロとしての立場で分析すると、加害者側からの依頼で葬儀を受けるべきでないと考えている。それは、怒りの対象が我々にも向けられることになり、予期しなかった悲しみの儀式の場で、遺族側が故人に対する思いを「かたち」に出来るコミュニケーションが全く期待出来ないからである。

 そんなところから被害者側から依頼を受けるべき。そこで怒りに同調しながら、故人に対する出来るだけの思いを受け止める。それが少しでも慰めにつながる筈。

 そう答えると、「うーん、プロらしい分析で分かり易い」とおっしゃられ、そこから今後のホテル葬サービスの構築について話題が進んだ。

 知人の話によると、このトップがディナーに誘うことはVIPぐらいしかないそうで、お前ごときにお呼びが来るなんて、と不思議がる発言もしたが、「今、当ホテルにとって、特別なVIPになっています」とお世辞を言われた瞬間、また責務が増えた恐ろしさを感じることになった。

 デザートになった頃、研修の席に参加していたスタッフの内の数人が来られ、鄭重に御礼を言われたが、ホテル業界に於けるホテル葬ビジネスが激化しつつあることは確実。立派なハードにお粗末なソフトではお客様のご満足には至らない。

 ホスピタリティの原点に、「悲しみへの癒し」が重要だと提起し、ホテル葬は、ホテル本来の仕事であることを理解されたホテルが、またひとつ増えたことになった。

 ホテル葬は、ポストブライダルの発想というビジネス優先では絶対に成功しない。ホテルサービスの原点であるとの意識改革、そこにブライダルとフューネラル両方で、グレードアップされた「人<財>」の育成が始まるのである。

2003/08/24   今日から「BGM」が流れます。   NO 525

 昨日は「友引」だったが、日中の暑さの中に行われた葬儀の司会を担当してきた。

 隠れ家に戻ると私宛のファクシミリ通信が到着しており、このHPの「BGM」について、テストバージョンの確認要望が書かれてあった。

 数組の予定があった来客の対応を終え、すぐに確認作業に入る。「慈曲」のページ4曲と星名国際登録のBGMが確認され、ゴーサインを送った。

 この「NO 525号」をご笑覧くださるお方は、「慈曲」のページを開いていただければ流れますのでクリックボタンをどうぞ。

 一方、「NO 523号」でお知らせしたもう1件の問題、「愚生の司会風景」の映像ですが、司式バージョンの一部の公開まで、今しばらくお待ちくださいますようお願い申し上げます。

 さて、ここで「慈曲」4曲の作曲コンセプトの一部を抜粋し、下記申し上げます。

『うたかた』・・・殉職者の本葬儀。警察葬、消防葬などをご想像いただき、整列敬礼で迎える中を遺族に抱かれたご霊位が進まれる光景を思い浮かべてください。

『愛惜の花達』・・・与えられた会場空間を儀式空間として「神変」させる音楽。巫女さんと天使をイメージし、大切な儀式の始まりに若い女性スタッフ達が「奉儀」を行う世界。
バックに流れるハープの音色で動きのリズムとやしさを醸し出す編曲です。

『憧憬の彼方』・・・あなたの行かれるところは何処なのでしょうか? 思い出が形見となってしまいました。時にはセピア調に見え、時にはカラーで見えるノスタルジーの世界。

『逝かれし人へ』・・・愚生がマイクを持って送らせていただいた1万人以上の方々への心の証しです。

 これらは、日本トータライフ協会のメンバー達によって、悲しみの儀式の中で活用されていますが、「超一流」と呼ばれる司会者に好評で、言葉の演出を重視する彼らは、「不思議な旋律だ」という感想で共通しています。

 正直に言って、非常に使い難い曲達で、司会者の技量とハートで活かされる音楽だと分析しています。「不思議」というのは現実の式場空間で体験されたらご理解いただけますが、参列者の中から「不思議な音楽で印象に残っている」というお言葉を頂戴することも少なくないのです。

どの場面でどのように使用するのか? イントロの要、不要は? エンディングまでの使い切りを考慮して*分**秒からコメントを入れるのか?

そんなプロデュースパワーがなければ使いこなせない難曲。しかし、参列者が次にお耳にされた時、過去の葬儀が鮮やかに甦ってくるという不思議な曲達です。

私が描いた作曲コンセプトはシンプルなものでしたが、旋律を「かたち」として創作してくださった音楽家の感性に敬意を表し、心から感謝をいたしております。

弊社のHPの音楽、皆様が何処かの葬儀でお耳にされることもあるかも知れませんが、その時、上述のことを思い出してくだされば幸甚でございます。

2003/08/23   猛暑の中で     NO 524

 35度を超えた大阪、昨日は、本当に暑い日だった。

 昼頃、男性の担当責任者が女性スタッフに向かって、「さあ、一緒に飾り付けに行きましょう」と誘っている。

 「えっ、こんな暑い中、可愛い女性を酷使するのですか?」

 そんな冗談染みたやりとりがあって、2人の女性が一緒に飛び出して行った。

 葬儀社のスタッフは、皆さんがご想像される以上にハードな業務。お寺やご自宅、そして地域の会館が式場となる場合は、大変。

 「キツイよ」「分かっています」と納得の上で入社しても、すぐに「こんなハードな世界だとは思いませんでした」との嘆きが聞かれる。

 そこで事務所内でのデスクワークが歓迎されそうだが、ここでの電話の応対が、また大変。同じ汗でも「冷汗」と「緊張」の連続。

どんな用件で掛かって来るか分からないのが葬祭業。なにしろ、お客様なら悲嘆の心境からのパニックが常識。すべてに敏感で怒りっぽくなっている悲劇の主人公的ご胸中。この理解なくして電話の担当は不可能である。

 そんな中、掛かってきた電話に女性スタッフが対応している。耳にする単語で、それが貸衣装のご注文であることがすぐに分かった。

 しかし、その電話が5分ぐらいも続いている。どうやら衣装を召されるご本人が、ご自分のサイズが分からず、電話口の横におられる奥様と確認しながら伝えてこられる模様。

 「確認申し上げます。伺いましたサイズで、ダブルの礼服でよろしゅうございますね。かしこまりました。有り難うございました」で電話が終わった。

 その彼女、ふと、次のようなことをつぶやきながら、貸衣装の会社に電話を入れた。

 「略礼服、3種ある予算の一番高いのを選ばれるなんて? 洋服の青山だったら買えるかも知れないのに?」

 暑い時期の葬儀は、女性も男性もご自分の礼服を着用されないことも多い。「汗」という大敵が、クリーニングで解決出来ない危険性があるからだ。

 「私、この夏用の喪服を持ってきているのですが、着たくないの。これを預けるから、同じサイズの貸衣装を探してきてください」

 そう、女性の方に頼まれたこともあったが、とにかく暑い時期の葬儀は参列者も大変。

 最も涼しいのは、ドライアイスの入った柩の中であることだけは確かである。

2003/08/22   お詫びとお知らせ     NO 523

 ご訪問くださいまして有り難うございます。

 弊社のHPは、「日本トータライフ協会」HPのリンクでお越しくださる方が多くいらっしゃいます。今、協会は、葬祭業界、ホテル業界など様々な分野で注目を浴び、更新中のコラム「有為転変」のアクセス数が信じられないほど増えています。

 そんな「おこぼれ」を頂戴しているような弊社のページ。もし私が「ガンで余命幾許もなし」と宣告を受けたら、この「独り言」の内容がガラリと一変し、人生最期に向かって強烈なことを表記すると予告します。

 交通事故、脳や心臓の血管で突然死となれば叶いませんが、入院する環境が与えられた場合には、白い天井に去来することを吐露し、生きた証しの結びとしたいと考えています。

 さて、今日の夕方、友人からの携帯電話で、私が気になっていたことを質問され、ドキッとすることになった。

 弊社HP内にある「慈曲」のページの「工事中(制作中)」について、「いつまで工事中なんだ?」「意図的に長引かしているのか?」と言われてしまった。

 <そんな思いも当然だ>ということで、ここで常連ご訪問者の皆様に、お詫びかたがた現状についてお知らせ申し上げることにいたしました。

 日本トータライフ協会のHPには、5曲のやさしい曲が挿入されています。わが協会の女神に作曲を依頼し、オリジナルバージョンで制作されたものです。

 そんなところから、今回のリニューアルに際して、彼女に依頼したのは当然ですが、夏の暑さに体調を崩されご静養中。

 オリジナルCD10曲の中の4曲を選択し、HP専用のBGMとして編曲を願っていたのですが、今日、指摘されたように、このまま工事中という訳にはいかないようで、急場しのぎとして、CDに収録されている原曲の一部を使用することにしました。

 近い内に流れることになりますのでお待ちくださいますよう。

 また、愚生がナレーションをしているページのリニューアルも済んでおりません。現在制作中のものは、司会的ナレーターではなく「司式的」なバージョンとなります。全国の葬儀司会者さんには興味深い世界となる筈ですが、これについては、彼女の音楽がどうしても不可欠となりますので、しばらくの日数をお許しくださいますよう伏してお願い申し上げます。

 なお、星名国際登録のページにつきましては、愚生作曲の「逝かれし人へ」の癒しバージョンを近日中にセッティングいたします。原曲とは全く異なるイメージですが、旋律の一部が流れる筈です。

 我が日本トータライフ協会のマドンナの1人である「音楽の女神様」、どうかご無理をなさらないようにご自愛くださいますよう。

2003/08/21   オリジナル追憶ビデオ    NO 522

 数日前、私の孫がNHKのBSテレビに出ていた。ビデオに収録したのは当然だが、30人ぐらいも子供が登場する番組、初めは何処にいるかさっぱり不明だった。

 しばらくするとカメラが動く。やっと発見したのは大きな縫いぐるみの隣の席。そこからぐるぐる回り出したら、また分からなくなった。

 しかし、とんでもないことで目立った光景が飛び込んで来た。全員が輪になって回っている時、レギュラーの「お兄さん」に押されて1人だけコケ、助けられていた。

 仕事に誇りを持つ葬祭業のプロだと自負する私だが、孫の存在になると好々爺に陥ってしまう最近。間違いなく初老で人生の黄昏に突入していることを実感している。

 さて、先月に担当した葬儀の喪主さんが、事務所にやって来られた。

「実は、お願いが」とお話しを伺ったが、私の恐れていたことが、また発生した。

 それは、通夜と葬儀で放映した故人の追憶ビデオのこと。生でナレーションしたものを後日に吹き込んで差し上げたもの。

 「お願い」というのは、参列されていたご親戚が法要用に制作して欲しいとのこと。

 喪主さんと親戚の方は、ナレーションを生で語っていたことを今日までご存知でなかったことも分かったが、後方で司会を担当する場合、考えられないことではないだろう。

 ご親戚の方が、次のように言われたことを拝聴した。

 「大阪とは進んでいる。あんなものがその日に出来るなんて。あの人生ドラマみたいな物語。専門の作家が存在している筈。随分と費用が掛かっただろう?」

 興味を覚えたので伺ってみたが、その親戚さんが想像された価格は実際の約10倍の開き。それだけ付加価値を感じていただけたのだから悪い気はしないが、ここに問題があることも事実。

 人生ドラマ的な原稿を創作する時、何より重要なのはヒアリングによる取材だが、表情や声のトーンで思いが伝わるもの。薄っぺらい紙に一方的に書かれた内容だけでは、美辞麗句で誤魔化すレベルでしか不可能となる。それでも一般的にはご満足には至るが、プロとしての誇りが許さない。

 弊社の制作した追憶ビデオには、社名と共に、その「文責」としての私の名前が入力される。

 ナレーション創作・ナレーター 久世栄三郎
 BGM 久世栄三郎 監修 オリジナルCD「慈曲」

 そんな文字の登場するビデオ。それは、弊社にしか不可能なオリジナルビデオでもある。

2003/08/20   振り返って     NO 521

 この「独り言」の発信原稿を打ち込んだパソコンのページ数を見ると、いつの間にか900ページになっている。

とんでもないこと、叱責されること、嘲笑を浴びることなど、様々なことを勝手気ままに書いてきたが、なにとぞご海容くださいますよう。

さて、ふと、過去を振り返ってみた。私は、本当に恵まれた環境を与えられていたことに気付く。火葬場往復での喪主、委員長、お寺さんとの車内会話。また、多くの機会を頂戴した講演活動やセミナーでの質疑応答。それらは、近い将来の葬送の変化を確実に予測できた礎ともなったし、そんな中で「えにし」に結ばれた日本トータライフ協会の素晴らしいメンバーとの出会いが、何より人生の宝物になったような想いを抱いている。

まだ、日本に葬祭式場が100件もなかった時代、メンバー達がそれぞれの地で式場建設を始めたが、その際、客観的に分析して浮かんだ発想が「ホテル葬」。

<葬祭式場の流行は、お客様をホテルに向かせる>と確信を得た思い。それらは、今、完全な「かたち」として常識化させることにもなった。

自宅かお寺で、そんなそれまでの式場感覚が、葬祭式場の出現で一気にお寺を飛び越してしまった事実。心身ともに疲労困憊される遺族の心情を慮ると、会場空間という環境が即ニーズとして反応したとも言える。

それらが進むと参列者全員を含む環境空間が求められるもの。そこにホテルが存在していた訳である

少子高齢社会の到来、また、儒教精神の稀薄しつつある日本人社会を背景にしたブライダルの変化、そして、吹き始めた不況の風が「ホテル葬」の追い風になったのも事実だが、ホスピタリティを売り物にするホテル本来の仕事を始めたというのが私の分析持論。

ご遺族や参列者の声を集約すると、誰もが「今の葬儀は変えるべき」との意識が強く、共通していたニーズであった「人生表現」をサービスとして具現化するには、ホテル空間は最適だった。それらは、今、弊社のオリジナルサービスとして家族葬にまで提供可能となったこともラッキーなこと。

上述の「かたち」の一部を表面化したのが今回のリニューアルHPだが、発信後2週間足らずの内に多くのページ検索でトップに登場し、信じられない事実として驚愕している。

その影響からだろうか、思いも掛けなかった様々なところからのアポが入って来る。

少子高齢社会の到来に、葬祭業が成長産業と捉えられているからだろうが、葬祭ディレクター資格を目的としたビジネススクールも目白押し。そんな中の大手からも教育指導の依頼があった。

「葬祭業は、完全な斜陽産業ですよ」との思いを伝えると、相手が驚かれ、「どうしてですか?」と返され、「今の葬儀社のサービスレベルでは、確実にお客様が離れる」と申し上げた。

カリキュラムに基く「定期的な指導」をと言われたが、私の現在のスケジュールから物理的にも絶対に無理。卒業前の特別セミナーなら、1日で8時間でも講義しますよとお応えした。

宗教、哲学、サービス学、葬祭心理学、司会学、プロデュース学、演出、音楽、音響、照明。これらが私の担当可能な課程となるが、こんな「何でも屋」で「便利屋」の教授は存在しない筈。

過去に6時間連続セミナーを何度か担当したが、そんなパワーのある齢でもない。しかし、葬祭業に従事する若い人達に、悲しみの理解の努力に生まれる葬祭業文化の重要性と、プロの哲学だけは触れて欲しいと願っている。

社会でホテル葬がブーム。ややこしい人物がプロデューサーと称して暗躍しているとの情報もある。それらは、進展のプロセスに出現することも歴史が物語っている。残るのはいつの時代にも本物。価格破壊の社会状況の中、本物だけは眩しい光を輝かしている。

弊社が加盟する日本トータライフ協会のメンバー企業。彼らは、そんな輝きを「魅せる」匠達でもある。

2003/08/19   超宗教の自由葬    NO 520

 無宗教形式の葬儀の要望が増えている。HPにも「無宗教」に関するページが驚くほど増え、この「風」が、治まりそうにない社会様相を感じている。

 そんな中には「お布施」の負担割愛という経済的事情から要望されるケースもあるようだし、「流行っているから」という単純な発想も経験した。

 無宗教形式の流行で危惧していることは、「宗教者」に対する抵抗感。現在までの結果として、この問題が確実に浮上してきている。

 葬祭業者は、「おっしゃる通りに」と要望を受け入れてしまう。そんな葬儀を終えてからの遺族の心理や自社の責任なんて全く考えていない。

 弊社が加盟する日本トータライフ協会では、そんな「悲嘆」の研鑽を重視し、それらが「どうあるべきだ」と真剣に語り合っている。

 一般的な葬祭業者は、遺影を中心にした祭壇を飾れば完成と誤解しているようだが、メンバー達はそうではなく、宗教に基かない儀式とは「どうあるべきだ」というテーマに行き着いた。

 今年の初め、メンバーでない葬儀社が担当した無宗教葬儀が行われた。そんな情報を知人から得た私は、失礼だが前日の通夜の弔問者に紛れ込んだ。

 定刻の午後7時、司会者が弔問に対する簡単な謝辞を行うと、すぐに開式の宣言をした。

 「ただいまより、故****様の通夜を執り行います。ご遺族より献花をお進めください」

 本当にそれだけ。遺族が終わると弔問者。献花だけが進められた通夜。

「遺族に気の毒だ」「故人に対して失礼だ」 そんな参列者の声を期待したが、「これで終わり?」という互いの囁きしか生まれず、業者に対するクレームはなかったみたいだ。

 これらは、参列者自身が体験されていないから分からないのだろうが、もし、弊社が担当した無宗教形式に参列された体験があれば、間違いなく怒りの行動に移られるものと断言する。

 私は、無宗教形式の葬儀とは「超宗教」の葬送と考えている。神道、仏教、クリスチャンなど、それぞれの素晴らしいところをミキシングすれば「意義」も生まれるだろう。

 そんな発想から生まれた無宗教形式、それが私の「司式バージョン」であり、体感された方々から納得と賛同のお声を頂戴するに至っている。

もちろん、前日と当日のオリジナルな式次第を構築しているが、私の年齢とこれまでの経験がそうさせたのであり、重厚型と呼ばれるベテランのブライダル司会者や、局アナが同じことをされても、間違いなく「お笑い」の場と化してしまうだろう。

2003/08/18   嬉しい結果報告    NO 519

 少し体調を崩し、葬儀の司会をスタッフに任せていた。

 そんな私の退屈を救ってくれるかのように、机の上に女性スタッフからのメモが置かれてあった。

 「葬儀 癒し 音楽」  3820件・・・トップと2番目に登場します。
「葬儀 癒し CD」  3330件・・・      〃
 「葬儀 音楽 CD」 14800件・・・      〃
 「葬儀 CD」    23600件・・・      〃

 これは、弊社HPのページ検索結果の一部だが、他の報告にあった「ホテル 社葬」「社葬 プロデュース」などでトップに登場している事実に喜びはなくとも、上記の言葉がトップになっていることは嬉しいことである。

 オリジナルCD「慈曲」は、私が生きた証しのひとつでもある。ある葬儀で巡り会った素晴らしい音楽家との不思議な「えにし」で誕生した葬儀専用の音楽。それが、ページ検索のトップとは信じられないこと。

 しかし、そんな報告の中で、もっと嬉しいことがあった。それは、「葬儀 癒し」の検索で7480件もヒットするが、トップページの10件の内4件が、弊社が加盟する日本トータライフ協会のメンバー企業。

 「ご遺族の悲しみを理解する努力をしよう」との思いを結集し、「愛と癒しと思いやり」を共有する非営利組織が、今、このように社会で認知されてきている事実に嬉しく思っている。

 弊社HP内のリンクにあるように、メンバー達がそれぞれの思いを綴ったコラムのようなものを発信している。それらに表記されているように、メンバー達は本気で「悲嘆」の研鑽につとめ、葬祭文化の向上に指針しているが、そんな地味な行動がHPの検索の世界で上位として「かたち」に表れることは「葬儀<者>」としての誇り。

 日本トータライフ協会が毎日更新中のコラム「有為転変」は、葬祭業界では最もアクセス数の多い人気ページ。きっと、その相乗効果もあるだろうが、メンバー達に共通する「癒し」の理念は純粋で本物。

葬祭業をビジネスと捉える人達には奇異な団体に見えるだろうが、メンバーが担当した葬儀の遺族や参列者の体験から広がる「癒しのサービス」は、今、着々と根付いてきているように感じている。

 悲嘆、ケア、グリーフワーク、葬祭哲学、葬祭サービス心理学、司式形式による司会進行などを研鑽し、協会メンバー専用のオリジナル音楽CD「慈曲」が活用され、深い悲しみの遺族に星名国際登録をプレゼントする行動実践。

そんな日本トータライフ協会は、21世紀の究極の葬祭サービスであると確信している。

2003/08/17   音  量     NO 518

 昔の夏、風鈴をいっぱいぶら下げ、涼しげな音色を響かせながら「ワラビ餅」を売る屋台があったことを記憶している。

 そんな風情を感じる姿を見ることがなくなったが、最近は軽トラックに変わり、高い音量で音楽を流しながら「わらび〜餅」というアンバランスなアナウンスが聞こえて来る。

 そのBGMは、決まって「ポール・モーリア」グランドオーケストラの「シバの女王」。

<買ってみたい>と思っても、止めれば大音響の音楽が自宅前で流れることになり、近所迷惑を考慮すると絶対に買えない。

屋台ラーメンのチャルメラのように、客があって調理中は鳴らさないようにすればいいのにと思ってしまうし、騒音がひどい公害になっていることを知って欲しいもの。

日に焼けたアスファルト道路を歩いていると、「てるてるボウズ、てるボウズ」という歌声が流れてきた。ふと振り返ると、ライトバンの選挙カーらしきもの。次期の国会議員選挙に立候補を予定しているらしいアナウンスで、次のように言っていた。

「大阪の明日の天気を変えることは出来ませんが、日本の天気を変えようと尽力いたします」
 
 <どうして「てるてるボウズ」の歌なんだ?>と思って見ると、候補者の名前に「てる」の文字が入っていた。これらは、おそらく選挙のプロと呼ばれるコーディネーターの発想だろうが、ボリュームの調整までプロデュースしなければ票を減らす危険性があるだろう。

 暑さの中の騒音は、完全な暴力。風鈴の音が懐かしい。

 そんな暑さを逃れるため、アーケードのある生野の商店街に入った。各店舗のエアコンの流れや陰の影響で数度は涼しいが、ここでも「暑苦しい」音楽が流れている。

 <店主や店員さんには、やかましくないのか?> そんな疑問が汗と共に噴出す。

 携帯電話が鳴れば、商店街から退避しなければならないぐらいの音量。音量調整の担当責任者の顔が見たいが、それらに疑問を感じない店主の皆さんもサービス業失格だろう。

 私は、ホテルや文化ホールなどで社葬を担当する時、無理を言って、司会台の横にすべての音響システムを設置していただく。それは、ハプニングへの対応もあるが、微妙な音量調整を手元でしたいが為。

 多くの一流ホテルのミキサー担当者に、「そんなこと喋りながら不可能でしょう?」と、いつも訝られたが、2回目からは何も言わないのにセッティングされている。

 しかし、私が「この仕事は」とパワーを全開する時、私の最も信頼するプロの音響スタッフに託している。

 幾つもの特殊スピーカーの設置。器材間の間隔に応じて音響は微妙に異なるもの。与えられた会場空間を式場空間に「神変」させるには、音楽と言葉と共に音響が極めて重要。

音量こそに、効果が生まれる「技」が秘められているのである

2003/08/16   斉唱と献唱に送られて     NO 517

 昨日は、58回目の終戦記念日であった。

 毎年、この日になると思い出す葬儀がある。

 数年前、8月の13日に逝去され、15日の午後にご出棺という葬儀だったが、海軍ご出身の方で、通夜に戦友という方々が数人参列され、全員が当時の海軍の制帽をかぶられ、一人の方は海軍の旗まで持参されていた。

 お寺さんの法話が終えられた後、その方々とお寺の庫裏に設けられた休憩所でお話しする機会があった。

 それぞれが戦時中の思い出話に花を割かせ、遺族側が用意されたお酒やビールを酌み交わされているが、飲み始める時、故人や戦死された多くの方々の名前を挙げながら「献杯」をされた光景に男の美学を感じたものだ。

 「君は、昭和22年生まれか? 戦後の生まれだ。君のオヤジが戦死してたら、君はこの世に誕生していなかったことになるぞ」

 話の輪に入って行くと、そんなご高説も飛び出した。

 葬儀で行うナレーションの取材が目的であった私だが、進められるままにビールを飲むお付き合いまで進展し、思わぬ意気投合が生まれつつあった。

 「皆さんにお願いがあります」
 
 そう言って畏まった私の姿に皆さんが驚く。「明日の葬儀の式次第にご協力をお願いしたいのです」

 そこで提案した私のシナリオ、それは突飛と言われるかも知れないが、今回の故人をお送りされる式次第には不可欠だと力説した。

 「それは、ええ話だ。ワシは賛成で乗ったぞ。皆はどうじゃ?」

 通夜ぶるまいの場が一挙に盛り上がるひとときに至るように、皆さん全員が賛同してくれた。残るは遺族、親戚、お寺さんのご了解。赤い顔をして失礼だったが、順に、提案決行のご許可を頂戴した。

 さて、葬儀の当日。「ほどなく定められたお時刻です。ご起立ください」とアナウンスし、終戦記念日の葬儀という趣旨を説明し、国歌斉唱に進み、その後に続く開式の辞では、故人と共に戦没者に対する黙祷もお願いするコメントを発した。

 やがて、葬儀の式次第が進み、導師の引導作法が終えられた。ここで、戦友の皆さんに祭壇前に登場願い、「海ゆかば」の曲を献唱していただき、その伴奏は私自身がハモンドオルガンで演奏申し上げた。

 このシナリオ構成は、参列された方々にすこぶる好評を頂戴した。戦友の皆さんもご機嫌で、「まさか君自身が演奏するなんて思いもしなかったよ」とまでは気分がよかったが、その直ぐ後で、気分を害する言葉が聞かされることになった。

「社長、ハモンドオルガンは重たくて大変です。2人で苦労して汗だくで運んだのですから。次は、シンセサイザーにしましょうよ」

 ハモンドにはハモンドの音色がある。それが理解出来ないスタッフを叱責したのは言うまでもない。

2003/08/15   知人のHP開設から   NO 516

 昨日の郵便物の中に、函館の美しい夜景を撮影された絵葉書があった。

 差出人は、私の知人である女性。過去ログの中に登場された素晴らしい方である。

 そんな彼女が、HPを発信されたという知らせ。早速ページを訪問させていただいた。

 メインページのタイトルは「空飛ぶ水冠」。「水冠」とは、仏教行儀の中で高僧が冠られる帽子の一種。

 各ページには「法具」についての解説が明記されている。

 これは、彼女が葬儀社に在職されていた時代に学ばれたこと。それを公開される訳だが、現在の無宗教の流行などに対する危惧や、これだけの伝統と歴史があるのに「しっかりしてください」という宗教者へのメッセージであるようにも感じた。

 取り敢えず、弊社が加盟する日本トータライフ協会のメンバー掲示板にアドレス表記をしたが、各社のスタッフ教育に大いに役立つだろうと思っている。

 恥ずかしい話だが、私は、ITの世界に弱い。記載されてあったアドレスの打ち込みを何度やってもつながらず、弊社のスタッフの手を借りることになってしまった。

 「社長、こんなことも出来ないのですか?」 そう思われたくないのが正直なところ。そこで、最初は、彼女の名前や『空飛ぶ水冠』の文字検索を試みた。

 それは、考えてみれば発信されて直ぐでは出ない筈。そして次にアドレスを打ち込んだのだが、私にとって特殊な記号は不可能。そこでスタッフが操作をしてくれ「お気に入り」に登録、ホッとする。

 協会のメンバー達がアクセスをすれば、近日の内に文字検索でもヒットする筈。そこで、ここでのお知らせは、取り敢えずタイトルの「空飛ぶ水冠」だけとさせていただく。

 葬祭業界の方は、それまでお待ちくださるよう。

 さて、日本トータライフ協会で毎日更新中のコラム「有為転変」だが、昨日、「柩」のことが書かれてあった。

人は、マンネリの中に「心」の麻痺が生まれ、とんでもないことにも気付かないもの。

そんなことが報告されており、様々な仕事の世界に秘められた危険性を学ぶことになった。ご興味があれば、弊社のリンクのページからご訪問くださいませ。

 その「必見 コラム 有為転変」だが、今日の発信で「565号」を迎える。葬祭業者や宗教者だけではなく、一般の方々のご訪問も多く、アクセス数の事実確認から大変な人気ページになっていることを知った。

 今日、紹介申し上げた彼女には感性がある。開設されたHP。何れ、彼女の思いを伝えるページの誕生を期待し、それが、人気ページになることを祈念しながらエールを贈る。

2003/08/14   将来への不安     NO 515

 最近、インターネットの活用が進んでいるようだ。

 ある銀行が調査をしたところ、社員数100人までの会社と100人未満での活用の度合いは格段の差があると分析していたが、業務範囲がグローバルになったと答えている企業が増えているという。

 弊社のHPがリニューアル発信されてから2週間が経過したが、この数日で興味深いことを何度も耳にすることになった。

 通夜の弔問者に手渡す返礼品。セカンドバッグや傘を持っておられる方々のために手提げ袋を用意しているが、そこにアドレスを明記した頃から発生してきた兆候である。

 弔問の方が次の日の葬儀に参列される。そこで弊社のスタッフに対して、「高級葬儀とは名前を知っていたが、HPで調べたら全国展開をしているので驚いたよ」というお声もあった。

 その方々は、通夜の際に行われる弊社のオリジナルサービスを体験され、興味を覚えてHPを開かれる行動につながったようだが、この独り言の発信に対して「信念を貫く姿勢を感じて面白い」とおっしゃってくださった方もおられた。

 「あの『天下り』の社葬の拒否、共感したよ。あんなの我々庶民の税金の無駄遣いで、勇気ある問題提起だと感心したよ」

 そんなお言葉に「弊社は哲学主義で、ビジネス感覚が欠如しているとのご指摘もあります」と返すと、「それで企業運営が成り立つなら立派なことだ」とお慰めいただいた。

 そんな中に、インターネットの世界に卓越された方がおられた。

 「貴社のHP、誰が制作したのかね? ネット社会を熟知していて上手く創られてある。年内にすべて文字のキーワードでトップに登場することになるだろう」

 そう、ご指摘いただいても私には分からない。しかし、詳しい社員に、「とんでもない検索でトップに登場していて信じられないぐらいですよ」と教えられ、<よかったのかな?>と単純に思っている。

 私が弊社で出来ることは限られ、社葬のプロデュースやシナリオ創作。それに司会を担当し、後は、この独り言を書き上げるだけ。

 そんな駄文の列記がアクセスアップに貢献しているのだから世の中分からないもの。

 ちょっとサボっていると、「今日の分がまだ発信されていません。早く書いてください」と急かされる。

 今、本業のシナリオやナレーションの創作の他に、1日、2本のコラムを書いているが、その所要時間が約1時間。こんな日課の責務がだんだん億劫になってきた。

 正直言って、ネタ探しが大変。それさえ発見に至れば乱文でもページが埋まる。

 私の生きた証として始めた「独り言」。いつまで続けることが出来るのか、段々不安になってきたこの頃である

2003/08/13   ステップアップ    NO 514

 弊社のメモリアルサービスの事務所に、週1回、お花の先生が来られ、カウンターの花を活けてくださっている。

 いつもお気遣いをいただき珍しい花をご持参くださるが、スタッフ達にとっては、花の名称を覚えると共に、プロらしい感性に触れる貴重なひとときともなっている。

 今日、事務所には「ホウズキ」が活けられてあった。大阪の季節は、まさに『お盆』。あちこちで棚経に回られるお寺様に出会うことが多い。

 そんなお寺様の最も忙しい時期、檀家さんに葬儀が発生すれば大変。分刻みのスケジュールの中、約2時間の拘束を余儀なくしてしまう。

 「なんとか間に合うように来ます」

 昨夜のお通夜で、そうおっしゃったお寺様。役僧さんはお早めに来られたが、ご導師は開式10分前に到着された。

 弊社のオリジナルな式次第。それは、そんな事情で大幅に変更する態勢で取り組み、定刻で始まり、定刻でご出棺となった。

 朝から打ち込んだナレーション、今日は、ご当家担当責任者である女性にナレーターをつとめさせた。

 式場に向かう前、少しだけイントネーションのチェックを行ったが、1箇所だけ気になったところがあった。

 それは、亡くなられた日である「11日」の表現。彼女が最も苦手としている部分。

 やがて、本番。お客様には分からなかったが、私と彼女の目が合って、「やっちゃった」という表情が飛んできた。

 ナレーターをつとめる原稿。その中に苦手な部分があると、そこを無難に通過する成功率は低下するだけではなく、その前後にまで影響を及ぼす危険性があるが、今日の彼女のミスは、そこだけ。それは、成長している証しと言えるもの。

 彼女は、今回のお客様に3日間、付きっ切りであった。お陰で葬儀委員長さんやご遺族から「素晴らしいスタッフ」と私が褒められて恐縮したが、担当者が人生の取材を行い、自身でナレーションを担当するということは、葬送のサービスでは理想の展開だと確信している。

 そんな彼女、次の課題が残っている。それは「平成」とか「人生」という「せい」という発音。これをクリアするのは簡単ではない。なぜなら、彼女が今日まで生きてきた生活の中で、自然に誕生した歴史があるからだ。

 人は、どこかで生活が滲み出るもの。制服という身だしなみだけで解決出来ない複雑なもの。それがアナウンスという世界に秘められた「技」という部分なのである。

2003/08/12   驚愕の事実    NO 513

 大阪は、朝から雨が降り出した。式場の設営スタッフが飛び出して行ったが、さぞかし難渋するだろう。しかし、濡れても着替えるだけで何とかなる暑い夏。体力の消耗は激しいだろうが、厳しい冬の寒さの雨よりはマシだろうと思っている。ガンバレ!!

 さて、昨日の夜の8時頃、びっくりした電話があった。

 「あのう、応募したいのですが」

 それは、弊社への就職活動。来年に大学を卒業されるという若い女性だったが、<どうして、社会常識の範囲内である5時までに電話をされないのだ>という疑問感を抱いてしまった。

 彼女は、地方の出身で、大阪に下宿して大学に通っているそうで、アルバイトの関係で「こんな時間に非常識ですが、お許しください」と事情を話してくれた。

 「私、実は、ホテルに就職したいと思っていたのですが、去年、先輩が『ホテルって大変』って、苦労話を聞かされ、迷っていたのです。3年以上も大阪で生活をし、大阪で就職したいと思っていたのですが」

 「それが、どうして弊社に?」

 「インターネットで就職情報を検索していて知ったのです」

 「ホテルへの憧れを捨てられ、葬祭業に変更ですか?」

 「違うのです。偶然なのです。ホテルの募集を探していて御社につながったのです。ヤフーで『ホテル スタッフ 募集 大阪』で検索したら、26000件ぐらいあって、大阪高級葬儀さんがトップと2番目に出てきたので驚き、拝見しました。社長のコラムやスタッフのみなさんの紹介などで『ここだ』って思ったのです。

 <冗談だろう?>と思った私だが、切々と訴えてくる彼女の熱意を理解し、履歴書を送付されるように伝えて電話を切った。

 <そんなことが?>と、すぐにパソコンを開く。私の検索は、グーグルだが、彼女が言った通り「ホテル スタッフ 募集 大阪」で検索してみた。

 エンターボタンを押してみると、そこには嘘ではない驚きの事実が飛び込んできた。

 26700件のページがあり、そのトップに弊社の「ホテル葬」のページ。2番目に「メインページ」が登場していた。

 <高齢社会の到来で、葬祭業界が成長産業と考えたのでは>

 彼女との電話の最中に、ふと、そんな勝手な推察をした私だが、こんな事実を確認することになって、ネット社会の恐ろしさを痛感した出来事となった。

 お電話をくださった彼女。履歴書を書かれましたでしょうか?

2003/08/11   参列者からのご質問     NO 512

 ホテルでの大規模な告別献花式が終わった。

 撤去作業のスタートを確認するために施主側控え室に挨拶に参上する。

 「有り難う、何より厳粛で、他府県から来られていた人達が『初めての体験で感動した』と賛辞をいだいたよ。ご苦労ですが、どうぞ撤去を始めてください」

 そんなご了解のお言葉からスタッフ達の撤収作業が始まった。

 廊下の受付を片付けていた女性スタッフが、参列された方から何か質問をされている。

 <クレームではないだろうか?>と心配しながら、さりげなく近付いて会話を耳にすることにした。

 「君達は、ホテルのスタッフではないのかね?」
 
 「はい、スタッフではありません。葬儀社のスタッフです」

 「ホテル専門の葬儀会社なのですか? 無宗教専門とか、社葬の専門とか?」

 「いいえ、多くのホテルでお仕事を担当しますが、一般的な町の葬儀社です」

 「司会を担当していた男性と女性は?」

 「弊社の社長と女性司会者です」

 「式場にいたのは、すべて御社のスタッフですか?」

 「はい、ブルーのスカーフを首にしていたのが弊社の女性スタッフ。紺の制服で白い手袋をしていたのが男性スタッフです」

 「あちこちのホテルで社葬に参列したが、こんな形式は初めてだ。感動させてもらったよ。特に司会と音楽の演出が素晴らしかった。それに、ビデオの放映した時のナレーション。あれは、まさに人生ドラマの域だったよ」

 「弊社の社長は、ホテル葬、偲ぶ会、お別れ会など、ホテル葬の第一人者で、テレビで日本一の葬儀司会者と紹介されていますし、自分ですべてのシナリオを創作し、キャスティングまでの総合プロデュースを担当しています」

 「いやあ、大したものだ。これは、確実に流行するだろうし、歓迎されるだろう。**さんの社長も、きっと君達に担当してもらったことを喜ばれ、満足されていると思うよ」

 「手を止めて悪いが、もうひとつだけ教えて欲しい。こんな形式の社葬を何処かで出来る業者やホテルがあるのかね?」

 「絶対に無理だと思います。参列されたご体験から、全国から出張要望がございますし、地方のホテルさんも、お客様のご要望で、仕方なく弊社に依頼されて来られるケースも増えています」

 「そうだろうな、こんな社葬があるなんて驚嘆したよ。私は東京からだが、もしもの時は君達を指名するからね」

 そんなお言葉をくださってエレベーターに乗られたが、扉が閉まった時、彼女の「ヤッター」という仕種が可愛かった。。

2003/08/10   あるパーティーから    NO 511

 一昨日、所属するライオンズクラブのメンバーを祝うパーティーに出席した。

 彼のゴルフは、プロ級。5回目のホールインワンを記念する祝賀会だった。

 この5回が、すべて月例競技など公式プレーの出来事だというのだから驚きだが、プライベートでも2回、つまり7回もホールインワンを達成している事実にはびっくり。

 私もスピーチをしたが、あやかりたい気持ちでいっぱい。7年前まで13年間、ゴルフを楽しんできた私。ホールインワン保険を使用することは1回もなかった。

 スピーチをされた方に、保険会社の人がいた。
「ホールインワンとは、我々保険会社にとって事故の発生なのです」という発言があり、出席者が耳を澄ませて聞き入る。

 保険料は、確率で設定されるもの。そんな面白い次のような分析が拝聴できた。

 「ホールインワンの確率は、男子プロで3600回に1回。女子プロで4700回に1回。アマチュアプレーヤーは、47000回に1回と分析されています」

 彼のオフィシャルハンデは「0」。これまでのラウンド数で計算すると、彼の確率が2300回に1回ということになるそうで、今後、10年間のラウンドが可能として、3回ぐらいの確率があると結ばれたが、「保険会社も災難です」との発言に会場が爆笑。

 出席者の中に、元警察署長という方がおられ、テーブルで「ニギリはご法度ですか?」という質問が飛び出して苦笑い。すぐに両手で「×」の格好をされ、「社会常識の範囲内で楽しんでください」と返される。

 そんな楽しいパーティーであったが、出席者の中にクラブ選手権を優勝されたという「クラチャン」経験者が5人もおられ、4回のホールインワンが1人、3回が3人もいたのだから、ホールインワンとは、やはり上級者の確率が高いようだ。

 過去を振り返ってみると、私には19回のイーグル体験があるが、それらはすべてパー「5」。197ヤードでピンに当たり、2センチというホールインワン逃しが残念だったが、1センチというアルバトロス逃しだけは悔しかった。

 最近、健康を目的にゴルフに出掛けようと思っている。カートが流行のようだが出来るだけ歩き、人生の黄昏を元気に過ごしたいと願っているが、今回のパーティーは、そんな私に大きな刺激を与えてくれることにもなった。

 もう、シニアの年齢だが、ホームコースに金看板を残すことも生きた証だろう。クラチャンは無理だが、競技でのホールインワンなら偶然の確立もある筈。来年ぐらいから、また競技に参加をしてみたいと思い出した。

 私が掛けているゴルファー保険。それは、今年で20年目を迎えている。

2003/08/09   家の中で避難    NO 510

台風が四国に上陸し、京阪神を通過して行った。

 弊社が加盟する日本トータライフ協会の高知や神戸のメンバーが、通夜と葬儀で大変な苦労を強いられたそうだが、弊社も昨日の葬儀から警戒態勢を組んでいた。

 大阪市内で最も大きな霊園斎場、その中の式場で大規模な無宗教形式による「告別献花式」が行われた。

 周りに建物はなく、強風が吹けばテントが確実に飛ばされてしまう。参列者に事故の発生があれば大変。そこで、通常の3倍の重さがある鉄ブロックでガードし、風速20メートルになれば5分以内に撤去するという人海戦術を考えていた。

 私の司会台にパソコンをセッティングし、気象庁発表の台風情報を常に把握しながら、式場の外を担当するスタッフと頻繁にやりとりをすることになった。

 葬儀の始まる20分ほど前、「現在、ご会葬者は、約200名様です」という情報がインカムから入ったが、これらは通常の業務通信。

 「現在、木立が揺れています。瞬間での強風は、15メートルぐらいでしょうか」

 それは、そのスタッフの「勘」のレベルではあるが、外の変化だけは伝わってくる。

 最寄の駅からバス2台によるピストン運転。次々に参列者が到着される。

 パソコン画面に出たネットの台風情報で<夕方まで大丈夫>との確信に至った時、司会進行に集中出来る「心の環境」が整った。

 そこで、その時間帯の台風情報をアナウンスする。気象予報士の資格はないが、大阪での影響が深夜であることを付け加えると、参列者に落ち着かれた雰囲気が生まれた。

 故人の意思による無宗教形式。その旨は、喪主さんの謝辞で紹介された。遺族、親戚さんより参列者の献花を優先申し上げる。こんな異例な式次第も台風が及ぼした影響だが、故人と台風が被さり、襲来しつつある台風は、皆さんにとって何とも忘れ得ぬ夏の風物詩となったような気がする。

 さて、夕刻に事務所に戻る。私のスケジュールボードを見ると、夜にパーティーがあることに気付いた。

 机の上にメモが置かれ、「夕方、祝辞をお願いしますと電話がありました」とある。急いで自宅に帰り、着替えて会場に向かったが、このパーティーで面白いことを学んだので明日にでも書いてみたい。

 深夜から風が強くなってきた。私の家は、欠陥住宅。風が吹くと揺れるのである。2階、3階と上に行くほどひどいのは当たり前。こんな日は、2匹いる飼い猫がいつも1階に避難してくる。

 そこで、私も1階の和室で過ごすことにし、この原稿を打ち込んでいるが、水害となれば大変である。

2003/08/08   恐怖の体験  後編    NO 509

 「ここは、みんな飛ばしている場所で、非常に危険なところです。いつ二次事故が発生するか分かりません。とにかくガードレールの外で待機して下さい」

 そんな指導に素直に従う我等、多湿高温の「草むら」という環境なんてどうでもよい。ここにいる4人の当事者の命も大切だが、今は、大事故の引き金になることを避けたいばかり。2人の警察官の迅速な行動に頭が下がる。

 ここに来るまでに長いトンネルが2ヶ所あるし、この少し先にもトンネルがある。そこを過ぎれば関門海峡大橋。そんなところで停車することにならなかった幸運にも感謝するが、少し前に体験したゲリラ雨がやって来ないことを祈るばかりであった。

 走行車に危険を知らせる準備が整うと、私は、パトカーの中に呼ばれ、違反の事実を指摘されることになった。「三角板の設置義務違反」だった。

「少しでも早く車の撤去をということでの電話連絡は理解できますが」という言葉で、1点の反則と6000円の罰金ということになったが、ただ納得。

 この間の車内での交信で知らない世界を知ることにもなった。

 「**地点の故障車両。移動完了まで80キロ規制を願います」

 それは、高速道路上に設置された「この先、故障車両あり」という電光掲示板や速度表示の変更。こんな現場からの報告で変動している訳だ。

 それから30分ぐらいして青色灯を回したライトバンが到着した。JAFの作業前に義務付けられているという警備スタッフ。警察官と彼の引継ぎが行われた。

 「JAFの処理が済んで本線に走り出される際、極めて危険ですから充分に後方確認をしてください」

 そう言って覆面パトカーが走り去って行ったが、その後ろ姿に自然に頭を下げた。

 しばらく経つとJAFの作業車が到着。やっと対応が始まった。

 5分ぐらいで応急処置が施され、走行可能となった。どうやらガソリンポンプの目詰まり。

振り返ってみれば、これと同じ体験を10数年前、西名阪でしたことがあった。
その時の車はセンチュリー。担当した修理工場の責任者が「ガソリンスタンドに問題が」と、責任を回避する発言をしたことを鮮明に覚えているが、ハイテク技術が満載されている筈の車でも何が起こるか分からない。

 今回の事件は、きっとその時の体験が生き、何とか路肩まで移動することが出来たのかも知れない。

 「書類の手続きが必要ですが、ここは本当に危険なところです。この先のトンネルを抜けたところに広い待避所があります。そこまで先に行ってください。

 JAFの担当者からの提案でその通りにしたが、走行車線に飛び出す際のタイミングが非常に危険で、<今だ>とアクセルを一気に踏み込んで出発をした。

 約束をした場所での書類手続きも終わった。「有り難う」との言葉で帰路に着いたが、途中で、さっきお世話になった覆面パトカーがスピード違反を検挙して停車している光景に遭遇した。

 「お世話になりました」と車内で目礼を贈り、中国道を走行したが、広島県内で中央分離帯を突き破る大事故の処理現場に差し掛かり、<ひょっとして、あそこで停車していなかったら巻き込まれていたのかも知れない>という思いが、2人の車内会話で共通した。

2003/08/07   恐怖の体験  前編   NO 508

 ゲリラ雨の地域をようやく抜け出し、久留米を過ぎ、大宰府インター付近で小雨になりホッとする。

 大阪までの道中は長い。無理をして事故を起こせば大変。明日、先生は名古屋行き。私は東京への出張があるし、互いの人生まだまだこれから。そんな会話を交わしながらハンドルを握り制限速度で走行。

 そんな我々に緊急事態が発生した。それは、長いトンネルをいくつか抜け、もうすぐ門司という下り坂に差し掛かったところだった。

 追い越し車線を走っていた私の車。急にハンドルが重くなり、アクセルでの加速が反応しなくなったのである。

 計器類のランプがすべて点灯している。<何かのトラブルでエンジンがストップした>一瞬、そう判断し、指示器を出して左車線に変更。後方を確認してハザードランプのボタンを押し左に寄る。

 このあたりの制限速度は100キロ。カーブの差し掛かりだが下り坂から120キロ、130キロで走行する大型トラックも多い。

 エンジンストップによる影響でハンドルが重くブレーキのパワーがダウンしていたが、
<ここしかない>という場所を通り過ぎる寸前で停止することが出来た。そこは、少しだけ路肩が広くなっているところだが、車の右前方部分が30センチほど走行車線にはみ出していて危険な状況。

 そんなところへ突っ込んでくる事故の多いことは知っている。警察、JAFのことが頭を過ぎる。道路横に100メートル毎に設置されている距離表示を確認し、取り敢えずJAFに連絡をする。

 「30分か40分ぐらいで到着できると思います。それまで安全に心掛けて車外に退避しておいてください」

 電話口の女性の声が天使の言葉のように聞こえる。そんな時、タイミングよく覆面パトカーが通りすがり、事情を説明するとすぐに行動を始められた。

 走行車線に少しはみ出している車を5メートルぐらいバックさせようと、2人の警察官とA先生が前から押すことになった。

 道路は坂道、おまけに車は2トンの重量を超えている。それでも車がゆっくりと動き出したのだから大変な労力を費やしてくださったと拝察する。

 それが終わると非常を知らせる道路標示をいくつか並べられ、カーブが始まる80メートルぐらい後方で警察官が赤旗を振っておられる。パトカーの天井に点滅する赤色灯が心強い存在。

 「スピード違反で検挙」 通過する車両にはそう思われるだろうが、今、我々2人は、この警察官2人に守られているのが事実。

                    明日に続きます

2003/08/06   九州にて    NO 507

 山手にある立派なホテルに到着するまでに、ちょっとしたハプニングがあった。

 後発でやって来られる大御所A先生を迎えるため、大牟田駅に向かった。
 定刻の特急「つばめ」で到着された先生、いかにもお疲れのご様子。すぐ近くにある私のお気に入りの料理屋さんに行った。

 この店に行ったのは、もう20回を超えているだろうが、料亭と料理屋さんを兼ねているこのお店、九州でも有名な存在として認識されている。

 前夜の首脳?会議が始まる。男性ばかり4人で美味しい料理や地酒のご相伴に預かったが、乗ってきていた私の車は「代行運転」に依頼することを決めていた。

 食事と打ち合わせが終わり、「では、ホテルへ行きましょう」と表に出ると、代行の運転手さんが待っている。その人物、我々4人全員が<大丈夫か?>と思ってしまうイメージ。

 車は5メートル70センチのロングボディで左ハンドル。弊社の社員でも運転を敬遠している代物。ホテルまでの細い道、そこまで行き交う対向車のことを想像すると恐ろしい。

 助手席に私が座った。「これがライトの上下、ワイパー。サイドブレーキはなくチェンジレバーを動かすと自動解除」なんて説明をし、シートの位置の調整を手伝って、やっと動き出すことになった。

 しばらくは4車線の広い道。しかし、このおじさんの走行振りがおかしい。通行量が少ない道路のセンターを走る。車線のラインを中心に走っており、どうやら車両間隔を把握出来ないよう。同乗する我々に言葉はない。

 しばらくすると落合社長が行き先変更を告げた。

 行った先は、彼の会社の大型葬祭式場。そこで祭壇の花を設営中の息子さんに声を掛け、ホテルまでの代行運転を願うことになった。

 時計を見ると、もう11時を過ぎている。私が見た祭壇の完成度から判断すると、まだ2時間以上の作業だろうが、彼は、快く引き受けてくれホテルに到着することが出来、彼に心から感謝をしたが、おそらく代行屋さんの運転では事故という危険性が非常に高かったと思っている。

 さて、そんな命拾いをしたような思いでホテルに帰ったのだが、次の日、それをはるかに超える恐怖の体験をすることになったので紹介申し上げる。

 現地ですべての予定を済ませて大阪に向かう。帰路はA先生もご一緒くださるそうで、車内会話が弾みながら九州自動車道を走り出した。

 突然、稲光。同時に滝のような豪雨。前方車両が確認出来ないほどの雨がフロントガラスに当たってくる。それらはゲリラ雨というように周期的。そんな状況が1時間ぐらいも続いた。

 しかし、これが恐怖の体験ではない。その先で予想もしなかった事件が起きたのである。

 それは、明日に続きます。

2003/08/05   おやすみなさいませ    NO 506

 昨日は出張に出発。そんなところからこの原稿をホテルの部屋で打ち込んでいる。

前から招聘を受けていた九州のホテル。やっと参上することが出来、ホッとした。

 朝から荷物を車に積み、中国道をひた走る。途中の広島の山間部で遭遇した大雨にはびっくり。ワイパーを高速で作動しても前方が全く見えないというほど強烈で、滝に打たれて走行しているような感じであった。

 お陰で福岡着が送れ、仕事を済ませて熊本に向かったが、今度も久留米で信じられないような豪雨。稲妻が走る山を見ながらの恐怖の運転となった。

 中国道に美作インターがあるが、この近くに宮本武蔵にゆかり深い作州武蔵があるが、NHKで放映されているドラマ「宮本武蔵」のことに思いを馳せながらの走行となった。

 今、私は、熊本県内の山間部にある大きなホテルに宿泊している。この地域も宮本武蔵にゆかり深いところ。近くに「武蔵の引導石」と呼ばれる伝説が残っている。

 その説明によると、『武蔵の葬列が泰勝寺参道に立ち寄った時、この石の上に柩が置かれ、禅の道で親しかった春山和尚が引導を渡すと、俄かに雷鳴が鳴り渡ったと伝えられている』そうだ。

 今日、私が体験した大雨と雷、何か不思議な縁を感じてホテルに投宿した。

 さて、弊社のリニューアルされたHPだが、ホテル葬、社葬のページを増設したところ、思わぬアクセス数を頂戴することになり、8日間でページ検索のトップに躍り出てしまって驚くよりも衝撃。

 これらは、ホテルに於ける偲ぶ会、お別れ会、社葬などへの関心が高まっている証しを物語っているように感じている。

 その影響で全国からの問い合わせが急激に増え、事務所を出発する前に、そんな問い合わせに対応可能な体制を整えておくように指示してきた。

 来る8月、9月と、スケジュールが押しているが、10月ぐらいになったら、アポを求めて来られているホテル関係者から、大規模場なホテル葬セミナーの開催を要請されており、また新しい分野の仕事が増えることになってくる。

 ホテル側トップの意識改革から始めるレクチャー。それらが、今後いよいよ増えてくるだろうが、宿泊だけは旅館の方がいいなと思っているこの頃である。

 時計を見ると夜中の1時15分。今から風呂に入ってオヤスミするが、その前にこのエンターボタンを押すことにする。おやすみなさいませ。

2003/08/03   磁 力   NO 505

 過日、長野県の高速道路でバスジャック事件があった。また、一方で、広島の原爆記念公園で折鶴が放火された。どちらも分別ある筈の青年の犯行だが、人的被害者がなかったことは幸いである。

 「何でこんなことが?」「考えられない」「教育の歪だ」

 テレビに登場するコメンテーター達に、そんな発言が多い。

 振り返ってみればニューヨークの航空機テロ、また、イラク、イスラエル。ロシアで多い自爆テロなど、一般社会での常識論では計り知れない何かが起きているとも考えられる。

 「信じられない」「マジで?」「嘘っ?」

 そんな若い女性達の言葉を思い出すが、今、誰がいつ災難に遭遇するか分からないほど、人間社会は大きく傾いて言えるだろう。

 日本の社会にあって、忘れられつつ言葉がある。

 「罰が当たるよ」「ご先祖様に申し訳がない」「他人様に迷惑を掛けたらダメ」「お天道様がお見通し」「親兄弟が悲しむことをするな」

 冠婚葬祭の簡略化が進み、ブライダルの媒酌人なんて希少価値という言葉が飛び交い、葬儀の世界でも「無宗教」を跳び越して「無葬」という形式要望まで生まれている。

 「無葬」とは葬儀そのものを行わないこと。つまり、自宅や病院から何もせずに火葬場へ直行するケースである。

 これらは日本の社会での「儒教」の稀薄。

手を合わせるという仏教の感謝の姿は美しい。

 こられが欠如した教育の歪、それは確かにあるだろう。小学校での学級崩壊や不登校児だけではなく、先生の不登校という実数が2500人を超えているというのも驚き。

 歴史が物語るように、人を変えるのは「宗教」と「戦争」だが、いつの世にも愚かな教祖と独裁者の存在は困ったもの。神秘な宇宙の存在に天文学の世界を紐解くと、きっとちっぽけな地球上の争いの愚かさに気付く筈。

 昔、生命がなかった頃、地球は、海と大地と大気しかなかったそうで、そこからすべての生命が生まれて来たことになる。

人間の身体を構成しているのは「星の欠片」という説がある。血液の水分を蒸発させると様々な元素が分析される。

 そのひとつの元素に鉄分があり、磁石を近づけると吸い寄せられる。

 言葉というものを与えられた人間社会。そこで動物以下の行為は情けない。教祖も独裁者にも磁力のようなパワーがあるが、他人の悲しみを吸い寄せる元素の理解なくしては、社会では絶対に迷惑な存在であると言えるだろう。

2003/08/02   天 下 り    NO 504

 10日前にリニューアルした弊社のHPだが、「全国の社葬、ホテル葬のプロデュースを承ります」というページがあり、この本文の中で、どんな大規模な社葬やホテル葬であっても、所謂「天下り」の方のケースは承りませんという、誠に僭越で失礼なことを表記している。

 ご自身が「天下り」というお立場にある方がご笑覧されたら、きっと噴飯では見過ごせないお怒りの心情が生まれるものと拝察している。

 官庁の外郭団体だけではなく、大企業にもこういうケースがあり、誤解を招くことも考えられるのでここではっきりと説明申し上げる。

 正直言って、これは愚生の哲学で信念である。職業的観点からすると「経営者の道楽」となるだろうが、それは「人を送る」という仕事に於けるプロの証のひとつでもある。

 葬儀社なら受けるべき。葬儀<者>なら受けないというポリシーは、愚生のこれまでの経験の中で生まれたどうしようもない「わがまま」とも言えるだろう。

 そこに至るまでの背景には様々なことがあった。

 ある大規模な団体の本葬儀を受けたことがある。第一回目の打ち合わせで、「必要な金は出す。恥ずかしいことだけはないように頼みたい」という発言があり、カチンと来た。

 細部にわたる打ち合わせが進んでもその姿勢は変わらず、役員室にいた誰にも悲しみなんて感じられない。

 多数の参列者に対する「本葬儀を行った」という社会的解決が第一目的で、葬送の原点である「送る気持ち」なんて微塵も感じない。

 故人が哀れに思えると同時に、当日の遺族の心情を慮ると心が痛んだし、そんな本葬に参列を余儀なくされる義理的会葬者が気の毒でならなかった。

 「有り難う」という言葉は、信じられないほどグローバル。義理的な愛想もあれば心底からのものもある。プロとして考えたいのは、そのレベルではなく、誰からそのお声を頂戴するかということになる。

 施主、故人、遺族、参列者と式場を提供しているホテルの五者。ホテルの「お客様のおっしゃる通りに」という姿勢は仕方がないだろう。

馬鹿でかい祭壇を設営し、適当な時間に献花をして、時間があれば立食で語らう。

 酒、ビール、水割り、タバコ、ゴルフ談義にビジネス談義。そんな光景の片隅に故人の遺影が寂しそうに安置されている。その側に遺族が何をしていいのか分からず佇んでおられる。喪主をつとめる奥様は、参列者の誰と面識があるのだろうか? 哀れで二重の悲しみに襲われ疲労困ばい。

 こんな異様な社葬なんてやるべきでない。

 そこで、礼節と厳粛についての問題提起と、遺族の悲嘆の心情を切々と訴えることにし、「皆さんが故人だったらどう思われるか?」と投げ掛けた。

 しばらく沈黙の時間が流れる。そこから意外な方向に転換することになった。

「義理でも構いませんから、送る礼節だけは重視しましょうよ」。その言葉が引き金となり、式次第の中で「久世栄三郎の世界」が進められることになった。

何を行ったかは企業秘密だが、施主側と遺族側からの「有り難う」に込められた意味が大きく変化したことだけは確かだった。

2003/08/01   社会リサーチの生の声    NO 503

 昨日、女性の方から、愚生の「著書を」とのお電話を頂戴したそうだ。

 著書については、このHP内にも表記されているが、その存在を知られたのは「お葬式プラザ」の式典プロデューサーのページ。

 著書とは、その時代の思いを綴ったもの。発刊した次の日に考え方が変化することもあり、20年も前に著したものは世の中からすべてを回収したい思いを抱いている。

 そんな事情を説明したスタッフだが、この「独り言」の存在をお知らせしたら、それをまとめて発刊されないのでしょうかと言われたそうだ。

 さて、断れない講演の依頼があった。「友引の日にしてありますから、是非」と懇願される。開催されるのは秋だが、受講者がかなりの人数になるとのこと。最近、葬儀に興味を抱く風潮が強くなってきた兆しを感じている。

 過去にも書いたが、講師としてふたつの条件をお願いした。ひとつは紹介などで「先生」との呼称を一切用いないこと。もうひとつはノーギャラということだった。

 交通費だけは頂戴するが、業界の講演やセミナー以外の謝礼を一切受け取らないのが私のポリシー。ある社会団体での講演の際、「規定ですから」と強制的に受け取らされることになったが、「確かに受け取りました。これを、改めて主催者団体に寄贈します」ということで折り合いをつけ、頑固な変人というレッテルを貼られたかも知れない。

 私は、葬儀社である前に葬儀「者」だと考えている。この理念は日本トータライフ協会のメンバー達と共有するところだが、誰にも訪れる葬儀という問題を、社会の方々に認識していただく機会を与えられることが何よりで、それが葬祭業の文化向上につながる行動であると確信しているからだ。

 「無料というのは依頼がし難い」というお声も多いが、私の抱くそんな哲学は、講演の中で受講者に確実に伝わっている。

 今回の講演は90分だそうだが、受講者は、その半分ぐらいの時間の経過しか体感されないだろう。「ご清聴有り難うございました」と結ぶと、誰もが時計を見られ、「もう1時間半も経ったの?」と、不思議な表情をされるのが私の講演風景。

 私は、アナウンスのプロである。与えられた時間、絶対に退屈させない話術を武器としているし、通夜の導師のお説教を数千回拝聴した経験もあり、話しのネタには困らない。

講演にはレジュメも原稿も一切用意しないが、体力が続けば原稿なしで連続30時間程度なら喋られるだろう。

 講演とは一方通行で進められるが、受講者の表情を観察しながら全員をエンディングまで引き込むことが大切で、それらはプロデューサーとしてのシナリオ構成力が役立っている。

 「これを機に、葬儀について何かご質問は?」 そんな質疑応答が楽しいもの。それこそ何が飛び出すか分からないから面白く、それが私の最高の社会ニーズのリサーチともなっている。


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