2003年 10月

2003/10/31   無  力    NO 591

 この数日、大事件の裁判のことが報じられている。小学校乱入、オウム教団、毒カレー事件など、多くの被害者や家族の存在を考えると心が痛む。

 裁判について書く立場ではないが、それぞれの被害者の葬儀が行われた事実を考えると、時空を超えるというのか、「バック・トゥ・ザ・ヒューチャー」の映画のように、タイムスリップが出来ればという世界に逃げ込みたくなってしまう。

 そんな中、日本トータライフ協会のメンバー掲示板に記載された、北海道のメンバーが担当した10歳の少女の葬儀に涙した。

 交通事故で幼い命を散らしてしまった悲しい葬儀について、スタッフたちの心痛をしたためながら、人とは「如何に無力であるかを改めて学んだ」と結んでいた。

 この悲しい葬儀については、協会のコラム「有為転変」に今日から続編掲載されるとのことだが、掲示板の文章から、社会に潜む問題提起を教えられたような気がしている。

 自然に対して「無力」である人間は、もっと謙虚になるべきとの教訓が山ほどあるが、「生かされている」と考える人は少なく、「生きている」という誤解のまま一生を過ごした人が大半で、そんな方々の中に自殺という悲劇も結びつくと言えるかも知れない。

 冒頭に書いた裁判だが、法廷のひとこまをイメージしていただきたい。あなたは傍聴席。前方対面に裁判官が座り、被告人の後ろ姿が見えている。

 検察官と弁護人のやりとりを耳にして、それに対してどんな憤りを感じても、あなたは何もすることが出来ない。それが被害者の遺族の立場だったらどのように思うのだろうか。

 そこには無力という言葉しか当て嵌まらず、虚しさだけの時間が過ぎるだけ。

 検察官、弁護士、裁判官は、それぞれに与えられた権限の中で責務を遂行するが、被害者を元に戻すことも出来ないし、加害者を完全に諭すことなんて不可能だろう。

 それぞれが職務を果たすが、全員が無力であることには変わりがないし、仮に自責の後悔に至った加害者であっても同じなのである。

 上述の少女の葬儀が行われた式場の中を考えてみたい。もう、この世にいない少女の遺影が飾られ、悲劇のすべてを物語る柩が安置されてあり、その前に悲嘆にくれる遺族の存在が見える。

 そこで、参列者であるあなたは、いったい何が出来るのだろうか? どんな言葉で遺族を慰めることが出来るのだろうか? きっと、作法でしかない焼香しか出来ない筈だ。 

 では、宗教者の立場はどうだろう。故人に向かって唱えるお経。その後に行われる説教や法話。時には検察官となり弁護人にもなり、ひょっとして裁判官の役目も負わされるべきかも知れない。

 裁判は、数ヶ月の準備を経て開かれるが、通夜と葬儀は二日後か三日後があたりまえ。参列者全員が無力の世界にあって、パワーを与えられているのは宗教者。その責務の重大さがどんなものかを謙虚に学びたいものである。

2003/10/30   籤 運     NO 590

 日頃にお世話になっている知人主催のゴルフコンペ、料理のプロと著名なプロデューサーを伴って3人で参加したが、16組というコンペの会場に到着して固まってしまった。

 受付で頂戴したラウンドメンバー表、もう一人の同伴競技者に主催者ご本人である女性が入っている。これは、1組目スタートという慣例からだが、上述の2人も同じ思いで、3人共、体験したことのない緊張感に襲われた。

 やがてスタート。彼女の華麗なスウィング、プロデューサーが「白鳥の湖みたい」と称賛するが、足を引っ張ってしまう我々3人。肌理細やかな気配りと心配りをされる彼女のスコアを、気の毒なほど乱してしまった。

 しかし、ユニークなキャディさんのお陰で抱腹絶倒するような出来事が何度かあり、それらは休憩時間の食事中、この日の青空に吹くさわやかな秋風に流されるように緊張が解れてくれた。

 それで我々3人のスコアが向上するほどゴルフは簡単ではない。後半に素晴らしいラウンド成績を残されたのは、彼女だけ。

 会場を移して行われた成績発表会。我々3人の席は、なんとメインテーブル。悲惨な3人の成績が恥ずかしく、囲む鍋料理の温かさに反して心寒い思いに包まれる。

 さて、成績発表だが、この日のハンデはダブルペリア。舞台上に置かれた豪華な賞品に参加者の視線が集中する。

 賞品は、参加者全員に用意されているとのこと。3人の中で最も成績の悪かったプロデューサーが冒頭の紹介で呼ばれ、主催者が厳選されたという素晴らしい食材を頂戴した。

 やがて、当日賞に進んだ時、隣に座っていた料理のプロの名前が呼ばれたが、その賞品を見て驚いた。なんと、DVDビデオではないか。

 「僕、籤運に強いのです。過去にテレビ2台に自転車3台を貰ったことがあるし、道具屋筋で買い物をして抽選すると、一番欲しかったものが当たったことがあるのです。実は、大きな声で言えないのですが、一昨日、ビデオが壊れ、明日に買い換えようと思っていたところで、こんなラッキーなことはありません」
 
それを聞いた真向かいに座っているプロデューサー、「そんなラッキーなことが」と言いながらも、「そんな不公平な」という表情も見える。それから彼を慰めるのがどれだけ大変だったかは言うまでもない。

 因みに、私の賞品は1万円の商品券。ベストテンに入っていたのだから籤運は悪くないかも知れないが、DVDビデオが当たった彼の喜びの顔が嬉しく、楽しい思い出のコンペとなった。

 結びに、抱腹絶倒のキャディさん事件のひとつを紹介申し上げる。

 プロデューサーの放ったティーショット。その時、キャディさんが次のように言われた。

 「お客様、私、ティーが飛んだのしか見えなかったのです。あんなにティーが飛んだの
を初めて見ました。ところで、ボールは何処へ行ったのでしょうか?」

 足腰が痛く、手の指に出来た数ヶ所のマメが痛々しいが、運動不足の自身を改めて認識しながらも、今年になって初めて熟睡した日でもあった。
主催者さんとキャディさんに・・・感謝・・・合掌

2003/10/29   葬祭・葬儀 協会    NO 589

 数年前に行われた講演会、そこでご一緒した、ある大学教授と久し振りにお会いした。

 前回の時は、我々二人が講師という立場。そこで、社会学の専門家というお立場からの、葬儀について様々なご意見を拝聴させていただいた。

 「葬儀を勉強するなら、まず、宗教を勉強しなさい。出来たら『儒教』に取り組まれることを薦めるよ」

 そうおっしゃってくださったことが懐かしいが、教授は、その時の会話のことを逐一ご記憶され、今度は、次のようにご指導くださった。

 「葬儀も難しい時代に入ったようだ。宗教を超越する発想転換も必要だ。葬祭業はサービス業という認識も重要だが、悲嘆についてのケアやグリーフワークを勉強しなければならないだろう」

 弊社が加盟する日本トータライフ協会には、そんな研究をしているメンバーが存在し、カウンセラーの勉強まで進んでいるとお話し申し上げると、「それは、素晴らしいことだ」とご賛同をいただき、当協会のHPにご興味を抱いてくださることになった。

 そんな協会だが、インターネットに詳しいメンバーによると、文字検索で「日本 葬祭 協会」「日本 葬儀 協会」ではトップに登場するそうで、グーグルで検索してみたら本当にトップに出て来たのでびっくりした。

 メンバーの会費で運営される非営利団体だが、アクセスが多いという背景には、ほぼ毎日更新中のコラム「有為転変」の存在があり、全国の葬祭業界で大きな話題になっているが、葬祭業界以外の方々のご訪問がはるかに多いというので驚いている。

 全国に点在するメンバーたちが書いているそれぞれのコラムの存在もあるが、時折、「ハッ」とする問題提起が記述されることがあり、弊社スタッフたちも、毎日、それぞれのページを訪問することが日課。

 しかし、何より勉強になることは、メンバー専用掲示板への書き込み。これこそ「必見」という世界であり、毎日、プリントアウトされたものを閲覧しているメンバー会社が多くある。

 「*月*日の**君の書き込み、感動しただろう。君たちは、いつになったらあれを具現化できるのだ」

 そんな要望が掲示板に触発され次々に出されるが、スタッフ自身が「すごい」と感動していることが何よりで、それぞれの会社のオリジナルティで「かたち」として昇華されているところが協会加盟のメリット。

 メンバーたちが目覚めて実践している愛と癒しのサービス。それらは、今、葬祭業者やホテル業界に於いて、注目を一心に集める段階に至ってきている。

2003/10/28   猫ちぐら    NO 588

 この数日、首から背中に掛けて張り気味。少し首を動かすとピリピリっとする痛みがある。これは、きっと運動不足だろうと、今年初めてゴルフの練習場に行った。

 しばらく打っていると右の薬指が左手のグローブに擦れ、浮き上がってしまい、半分ぐらいのボールを残して切り上げた。

 車のハンドルを握ると、ますます首が痛くなっている。バックする際に後方を見るのも辛い常態。アクセルを踏む足をがくがくするし、日頃の運動不足の実感と秋の季節の感傷に浸るような初老の身を思い知らされた。

 満56歳と7ヶ月、ゴルフの競技に出場するとすればシニアの部。まだまだ若い者にはなんて気が走るが、やはり年齢は正直なもの。自宅に帰った頃には腰痛まで出てきた。

 さて、今、我が家には面白いものがある。上質の藁で丹念に組み編まれた雪のかまくらみたいな代物。それは、コシヒカリの藁を20把も材料とされた「猫ちぐら」というもの。
 
 その昔、農家で使われたお椀型の子守のための「ゆりかご」みたいなもの。これを「ちぐら」と呼び、地方によっては「つぐら」とも言うそうだ。

 説明書によると、この「猫ちぐら」は、大正時代にはあったらしく明治以前に作られたかも知れないと言う。

 保温性が高く、通気性があり、冬はあたたかく、夏は快適という優れもの。本能から狭いところやあたたかい場所を好き好む猫が、喜んで入るそうだ。

 娘が随分前に予約してくれ、3ヶ月も掛かって届けられた「猫ちぐら」。早速、2匹の猫が交互に入ってはいるが、夜になると布団の中にもぐりこんできており、コタツ代わりとなっている。

 そこで説明書に目を通すと、面白いことが書かれてあった。

 「人間のベッドの中に一緒に入って寝るような猫は、その本能を失っている場合が多いのです。猫ちぐらには遊びで。オヤスミはご主人の布団の中という猫が多いようですが、箱や籠を棲家にしている本来の猫には、きっと最高の贈り物になるでしょう」

 これから冷え込んでくる季節。段々と「猫ちぐら」の中で過ごす時間が増えてくるだろうが、入っている姿を見ると、何か幸せそうな感じがする芸術品である。

 この「猫ちぐら」だが、注文制作をされているとのこと。そこで、猫がお好きな皆様に情報として、連絡先を下記申し上げる。

新潟県岩船郡関川村上関 1252−1

    財団法人 関川村自然環境管理公社内  猫ちぐらの会

    電話 0254−64−0252   FAX 0254−64―0219

2003/10/27   終(つい)の準備    NO 587

 ある方が亡くなられ、スタッフが打ち合わせに走ったが、信じられないほど短い打ち合わせ時間で帰社してきた。

 その事情は、スタッフが持ち帰ったプリント。そこには故人が生前にパソコンで打たれたご自身の葬儀の企画がきめ細かく記載されてあり、スタッフ全員が驚いていた。

 式場、お寺さんのご人数にお布施。供花、供物、シキミの予定者と順位も決められ、葬儀の費用の概算で締められてある。

 そんな中、ご自分の不明な部分には罫線や二重丸が記載され、それらは「弊社に聞くこと」と書いてくださっていた。

 委員長、受付、会計、接待などの人選もされ、「以上、委員長一任」ともあるし、代表者の焼香順位まで作られておられる完璧な企画書。

 これまでに何度か拝見した企画書の中で、これほどきっちりとしたものを拝見したのは初めてのこと。弊社の対応が大変なことはあたりまえ。細かな指示を与えておいたのは勿論のこと。メモリアルボードやビデオ編集のお写真は、お預かりした写真ブックから私が選択申し上げた。

 故人は、様々な分野でご活躍、多くの役職や肩書きを持っておられたが、それらはお身体のご不調を感じられた頃からすべてを辞任され、確実な人生黄昏の到来を覚悟されていたご様子。

そんなご性格だったからこそ人望が高かったと言えるだろうが、引き際と終(つい)の見事さに感服しながら、享年67歳という惜しまれるご往生に衷心より合掌した。

 あれは、夏の暑さが始まる頃だった。ご本人からお電話を頂戴し、20分ほどお話をしたが、その大半がご本人の葬儀について。上述の企画書は、おそらくその電話の以後からおつくりになったと拝察するが、その電話は病院の病室から掛けられたもの。

 その会話の中で、「看護師さんたちにも、はっきりと伝えました。私が死を迎えたら、絶対に病院の出入り業者の葬儀社の手に触れさせないように」というのがあり、「電話をしたら飛んで来てくれ」との強いご要望があった。

 ご家族からご訃報が入ったのは午前1時過。きっと精一杯の看護を尽くされたからだろうが、ご本人が立派なご終焉を迎えられたご様子が伝わってきた。

 お寺の本堂で行われた通夜、そこには多くの弔問者が参列されたが、まだ幼いお孫さんたちが椅子に座り、追憶ビデオに登場された映像を見られた時、「あっ、おじいちゃんだ」と言われたひとことが印象に残っている。

 明日は、1時間半。そんなお孫さんたちに送られる命の伝達式を担当させていただく。

2003/10/26   ご隠居の言葉から   NO 586

 阪神高速道路の松原線が全面工事、この29日早朝まで通行出来なくなっている。

 その影響で近くを通る国道25号線や幹線道路が大渋滞。スタッフたちがぼやいているように様々な影響を受けている。

 高速道路が存在しているという既成事実しか経験していない年代の人は、通行止めとなると、目的地までの道が分からないという不便が発生する。

 「カーナビがあるじゃないか」と言えばそれまでだが、積載されていない車がまだまだ多く、日頃に道路地図を開いて勉強しておく必要もある。

 随分前だが、空港線が通行止めになった時、大阪空港までの道を教えた人が多くあった。

 便利な世の中になり、その既成事実の中で生活をしていると、そんなマンネリの中に変化が発生すると大事件。それらは予期せぬ悲劇を生むこともあるだろう。

 さて、先日、大阪駅から「新快速」に乗ったが、その速度たるや恐ろしいほど。たまたま速度計が見えるところにいたので確認出来たが、なんと「130キロ」。

 JRの情報によれば、全国の在来線の特急列車も130キロ運転が実施され、琵琶湖の西側を走る湖西線では、優れた線路状況から140キロ運転も行われているとのこと。

 これらは、スプリングの改良やコンピューター制御という科学の発展で至ったものだろうが、ひとつ間違えば大惨事につながること。果たして、ここまでスピードアップが必要なのだろうかと疑問が残る。

 新幹線の「のぞみ」にしても、西へ向かう「500系」の最高速度は300キロ。確かに到着時間が早くなるが、振動が原因なのか異常な疲れが気にかかる。

 こんな素晴らしい技術は絶賛されるレベルのものだが、運行管理の総括は「人」であり、何かが起きればコンピューターに責任を負わすことは出来ないもの。交通機関の仕事の方は、マンネリの恐ろしさの自覚を忘れないで欲しいと願っているが、バスの酔っ払い運転もあったのだから恐ろしい。

 私の知人に、鉄道の技術者であった人がいる。もういいお歳のご隠居さんだが、この方が、ふと言われた言葉が印象に残っている。

 「広軌は、270キロ。狭軌は120キロが限界。それ以上も技術で可能だが、『もしも』という謙虚な姿勢が大切だ。限界を超えることは『神』への挑戦でもあるかな?」

 スピードという技術の競争も大切だろうが、そこに伴う「安全」の競争も忘れないで欲しいもの。

人間は「神」ではなく、愚かな過ちを繰り返す「人」なのである。

 昨日のニュースで、高速道路のトンネル情報に、落雷を原因とする誤作動が発生しているとのこと。電光掲示板に「トンネル内 火災発生」となって通行止め情報が流れるそう。それで何時間も通行止めとなったケースが全国で確認されている。

 考えてみれば「雷」という自然も、ひょっとして「神」かも知れない。「かみなり」と読んでいるのは、先人の知恵のような気がする。

2003/10/25   号 外 (お知らせ) 

       『 葬儀司会実務 虎の巻【 温故知新 】 』 情報

急速に変化する葬儀、司会者にとってもグローバルなニーズへの対応が求められてきています。しかし、ホテル葬や無宗教が流行しつつある中、その葬儀の大半は宗教に基づく形式であり、ブライダル司会者からの転化や女性司会者の増加に伴い、宗教者の皆様の司会者に対するご不満が高まっている背景もあります。
 そんなところから、各宗派の基本的な教義の研鑽が重要となってきます。
 ただ進行が出来ればよいという方もありますが、宗派によって「死」の捉え方が異なり、コメントひとつで司会者の技量が問われる危険性があることも知っておきたいところです。
 音楽の活用やナレーションは時代の流れの中で避けられませんが、宗教上の差定を理解認識し、迎合しなければならない真摯な姿勢も重要で、そこに「温故知新」という言葉の意味があるように感じています。
 制作された「温故知新」は、そんな思いを託して監修。実際の葬儀の現場での体験を凝縮して「かたち」としたもので、何より「実践的」と言えるでしょう。
 
 その内容について、次のような特徴があります。

* 式の進行に関して、実際の基本的な司会トークが記載されています。
  (その宗派によって、使える言葉、使えない言葉があります) 
  (宗教者からの信頼アップにつながります)
* 各宗派の基本的な枕飾り(中陰)について、図で表記。
* 各宗派で唱えられる「お経」の最初と最後の部分について、振り仮名付で記載。
  (進行だけではなく、宗教者との打ち合わせがスムーズになります)
* 開式前の参列者への式次第の説明が可能となり、会場空間を儀式空間に神変させることに役立ちます。
* 葬儀式進行中、宗教者が進められる大切な儀式について、解説コメントが可能になります。

 記載されてある仏教宗派
  浄土宗・日蓮宗・真言宗・禅宗・浄土真宗本願寺派・真宗大谷派・日蓮正宗
  友人葬(創価学会)

 なお、神式については、葬儀から50日祭までの基本的なことを記載しました。

※・・価格につきましては、後日、号外でお知らせいたします。

2003/10/24   マイ・ウェイ   NO 585

 この数日、コラム「独り言」を打つ気力を失いつつある心境に陥っている。

 過日、HP「空飛ぶ水冠」を発信されている女性から、ビデオ送付に対する礼状を頂戴したが、この文章の内容たるや<ただものではない>と、いよいよ恐怖感に襲われてきたから。

 彼女がコラム「迷いの窓 NO 8」で書かれた私のこと、そこに、社交辞令的な賛辞の部分があるが、手紙の中の感想には、私が懸念していた部分に対する的確なご指摘があり、ただ「お見事」というしかない分析がなされていた。

 小笠原流の礼法を学ばれ、肌理細やかな心配りと気配りをさりげなく相手に感じさせる京都の文化。そんなイメージが文章からも伝わってくる。

 彼女がコラムのタイトルにされている「迷いの窓」は、京都で有名な「寂光庵」にあるが、ここには「悟りの窓」という円形の窓も存在している。

 そんな禅の世界への造詣深さを感じさせる文章能力。「独り言」の駄文なんて羞恥の極み。

 そんなところへ、今日、ファクシミリが送信されてきた。

 送信者は、過日に取材をくださったライターの方。雑誌に載せる原稿の了解のために「確認を」と書かれてある。

 この文章の「まとめ方」を拝見し、また上述の思いが強くなった。

 限られた升目の中に納められる文章。如何に文字を少なくして読者に伝えるか? それらの典型的なプロの世界に触れた感じを抱いてしまう。

 私は、葬儀に於ける故人の人生表現を語ることには自信があるが、上記のお二人の文章を拝見すると怪しくなり、「自身」の「自信」が「地震」のように揺らいでいる。

 そんなところで温めの風呂に入り考える。頭にタオルを乗せ、「水冠」ならぬ「湯冠」。
単に「ゆかん」と読めば「湯潅」となって私の世界。

 入浴剤に「森林の香り」というのを選び、昨年の3月1日から始めた「独り言」を振り返る。

 やがて、その中に自分で書いたことを思い出した。「書く」ことは恥を「掻く」こと。それでいいじゃないか。始めたきっかけは、純粋に自分が生きた「証し」。人生黄昏の道楽と割り切ってしまえばそれでいい。

 入浴剤の効能があったのだろうか、どうにか深い森の中から抜け出せたような思い。そこで、これが結論だ。このコラム「独り言」を発信していることは、生きた「証し」の前に生きている「証し」。

 こいつ、まだ生きているようだ。ご訪問の皆様に、それだけ伝えることが出来れば幸せなんだ。それは、私の「悟りの窓」となった「香り」でもあった。

2003/10/23   虎の巻談義    NO 584

 事務所に入ると、私に関係するメールがプリントアウトされて置かれてあった。

 その中に東京の女性からのものがある。彼女は、葬儀の司会者だそうだが、近々に発行する「葬儀の司会実務 虎の巻 温故知新」を是非と書かれてあるが、数日前に入っていたメールと、お名前が1字違っていた。

 それは、単なる入力ミスなのかも知れないが、今回は価格のことに触れられ、まだ新人なので給料が低く、高額だったらどうしようと心配されておられるとのこと。

 もうすぐ「号外」で価格表記がされるだろうが、これまで内容をご覧いただいた司会者たちは、全員が安いという付加価値を認めてくれているので妥当かなと思っている。

 数人の司会者を束ねておられるプロダクションからも電話があった。

 「1冊求めてコピーをし、全員に配ることは許されるのでしょうか?」ということだったが、著作権という問題の以前に、こんな教材は欲しいと思った人が手に入れ、自分だけのものにしなければ効果が少ないもの。なぜなら、プレゼントされたものを真剣に勉強する姿勢は低いだろうし、その意思のない方に手渡っても「宝の何とか」ということにならないだろうか?

 研鑽で大切なことは自身の行動。司会者は、往々にしてトーク技術をソフトと考えてしまうことがある。それは決して誤りではないが、知識を得ることの出来る教則本を入手することが、そのトーク技術をグローバルに広げる結果につながり、それらが重要なソフトであることも認識いただきたところ。

 恐怖感を取り除くこと、それは、司会者に対し、確実に余裕を与えてくれるもの。そこでトークに一層の磨きがかかり、「味」を生む環境が整うのである。

 弊社のスタッフのひとりが、「温故知新」の購入者に対し、私の司会の実際を編集したビデオをプレゼントしてあげたらいかがでしょうかと提案し、それに対して、上司が、「そんなの何十万でも安いものだぞ」と説教している光景にぶつかった。

 ビデオなんて販売するものではない。勉強したい人は、熱い思いを訴えられ、全国から隠れ家に来られているではないか。その行動力に応えてあげることが私の仕事。

 そんないい格好の言葉で収拾させたが、これまでに「ビデオを販売していただけませんか」というアツカマシイ電話が何本もあったことも事実。

 勉強をしたいと思ったら、まずは行動をされること。そんな時、司会者とはグレードの高いサービス業であるとの認識と、ことが葬儀だけに、礼節を重んじられる方々だけに限定したいとは思っている。

2003/10/22   今日は、好々爺で    NO 583

 『喪主』を体験して一人前の葬儀社。『孫』を持ったら確実に葬儀に対する思いが変わる。それまでは、謙虚に。これは、過去ログに何度も書いたが、葬儀に携わる若い人たちに理解して貰いたい言葉。私自身が体験したから偉そうに言っている。

 さて、そんな存在である孫と久し振りに食事をしたが、店の中に張られているメニュー。漢字をとばして仮名だけ読んでいる。

 もうすぐ4歳になるが、「ありがとう」が読めても、書くまではしばらく必要だろう。

 孫とは、生きた証しに於ける命の伝達。祖父である私の葬儀、「ありがとう」はせめて漢字で書いて欲しいし、さようならのバイバイも「ばいばい」では心残り。もう少し成長するまで生きていたいと思っているが、そんなところに問題が生じてきた。

 来年から外国に行ってしまうことになった。幼稚園も向こうで入園するだろうが、周りが英語ばかりの中でどうなるのだろう? 漢字の前に英語を覚えてしまい、「サンキュー」「グッドバイ」なんて言われたら困ってしまう。

私の家の宗教は、仏教である。教義によると西方浄土に往生となるが、お別れの言葉で「天国」なんて言葉が出たら、導師から「教育が孫まで行き届いていない」と叱られるかも知れない。

 幼い子供が食事をしている姿に幸せを感じるもの。戦争や独裁者によって、飢えに苦しむ子供のことが報じられているが、人間とは何年経っても愚かな争いを続けている。

 航空機や軍艦から、<このボタンを押せば爆弾や砲弾が・・・>
戦争というものは「人」を変え、そのボタンを押させる行動を起こさせる。その着弾点に誰がいようとも、無差別な殺人行為を「自国や家族を守る」という大義名分で包んでしまう。

 人を変えるのは戦争と宗教と言われているが、その宗教が戦争の背景にあるから困ったもの。「平和を獲得するために」「平和を維持するために」との争いは、おそらく地球そのものが消滅するまで続いているだろう。

 隣国に困った独裁者がおられるが、その行動に対する我が国の対応もお粗末なもの。自衛隊のことばかりを強調する政治家もいるし、徴兵制度の見直しなんて発言をした著名人もいた。

 命令指揮を取る人と、前線で直接戦う人とは全く異なる立場。軍事や有事に関する閣議は軍議となるが、それは、相手側と対峙する最前線でやれば、きっと内容が変わる筈。「命令」の文字に「命」が入っていることを忘れないで欲しい。

 ここで、過去ログのことを、もう一度書かせていただく。

 『自動車の安全ベルト、どうして後席が強制されていないのか? それは、後席にしか座ることのない人たちが法律を決めたから』

 昔の仏壇屋さんの宣伝ではないが、「孫三代まで」というような「不幸のない」幸せを考えて欲しいもの。

2003/10/21   ラテンの調べ    NO 582

 ホテルでの仕事を終え自宅に帰ると、知人から葉書が届いていた。

 彼は、ラテン音楽のアーチスト。過去にテレビドラマ「七人の刑事」のハミング主題歌を歌っていた人物で、新しいCDをリリースされたという知らせだった。

 京都大学のアメフトのキャプテンをつとめ、当時に来日したトリオ・ロス・パンチョスに傾倒。メキシコ、ブラジルなど南米のあちこちに出掛け、現地のラテン音楽を学んで来られた本物の歌手。

 私が関係するいくつかの団体でゲスト出演を願ったことがあるが、どこでも大受け。アンコールのオンパレードという歴史もある。

 過去ログにもあるが、そんな彼に、2000年3月に開催した「慈曲葬」フェアに協力出演いただいたことがあった。

 彼の出番は、シミュレーションで行った葬儀の中。故人の友人というキャスティング。祭壇の前で故人が好きだった歌を「献唱」するという設定だった。

 さて、そのシミュレーション。多くのマスメディア関係者の出席もあり、それぞれの新聞やテレビで取り上げられることになったが、NHKテレビの全国放送で、彼が歌っている場面が流された。

お陰で「なんでお前が?」と、知り合いの方々から質問攻めに遇い、「参った」と嘆かれたことも懐かしい。

 私は、彼のオリジナル曲「コーヒーのある情景」と「未来」という曲が好き。声量豊かな彼だからこそ生きる歌。友人に車の中で聴かせたら、「これ、いいわ」と言ってCDを持ち帰られた。

 そんなラテン歌手のアーチストネームは『西川 慶』さん。

彼の奏でるギターのテクニックも素晴らしく、彼に抱かれて弾かれるギターは、いつもドレスアップをしたように輝いている。

 そんな大切なギターだが、チャリティーコンサートの中でお借りし、私が舞台で爪弾いたこともある。

 ここに素晴らしい友人である『西川 慶』氏を紹介申し上げ、リリースされているCDを下記させていただく。

 ご興味のあるお方は、文字検索で彼の名前からHPへどうぞ。

 「愛そして日本の心の歌」 ST12C―001
 「情炎のラテン」     ST12C―002
 「大自然のラテン」    ST12C―003

西川 慶さんのHP・・・彼の生徒さんたちが創作されたページだそうです。

http://www11.ocn.ne.jp/~kei37130/home/

2003/10/20   現実の厳しさ     NO 581

 与えられた講演の時間が終わり、例の如く質疑応答に入った。

 講演は、本来、一方通行を原則とするが、この質疑応答は最高のリサーチ。皆さんが日常に抱いておられる素朴な疑問。そこには、我々プロの仕事に大きなヒントを与えてくれることが多いから。

 相変わらず、我々葬祭業者と宗教者に対する風当たりは強く、葬儀社も宗教者も選ばれる時代に突入しつつあることを実感した。

 「ホテルで、社葬、偲ぶ会、お別れ会が行われていることを知っておられる方は挙手ください」

 そんな質問に6割ぐらいの方の手が挙がり、ホテル葬が認識されてきていることも確認出来たが、「その中の方で、ホテル葬に参列された方は?」と問うと、まだ、2割ぐらいの方であった。

 受講者は、一般の方々。これがビジネスマンや企業関係者を対象とすれば、ホテル葬はもはや常識として認知されており、多くの方々に参列体験が生まれている現状にある。

 社葬セミナーやホテル葬セミナーで講師を担当すると、私が危惧していたことが始まっていることに気付く。

 義理的参列者が大半というホテル社葬で歓迎されて流行した無宗教形式が、ドライブスルー型の「花一輪」お供え形式となり、「社葬なんて無駄」という意見が多くなってきているのである。

 あるセミナーで、銀行の管理職という方が質問をされ、驚いたことがある。

 この方、仏教系の大学を卒業されたそうで、質問された内容が強烈だった。

 「限られた関係者で密葬を行い社葬の日を迎えるが、導師が引導を2回も授ける必要はないと思うのですが、いかがでしょう?」

 正直言って、この質問に対する答えに苦しんだ。その場しのぎで恐縮だったが、俗に言われる「方便」で切り抜けることになった。

 さて、上述の「社葬は、無駄」とおっしゃった方々。セミナーの後半で、私がプロデュースを担当したホテル葬の編集映像をご覧いただくと、考え方が急変され、「これなら意義がある」とご賛同くださった。

 セミナーのまとめで受講者の感想発表があったが、その中に嬉しいお言葉があったので紹介申し上げる。

 「自分が送られる立場と考えたら、映像のような社葬ならやって欲しい。そして、自分が会社を代表して社葬を企画するなら、絶対に『慈曲葬』を選ぶ」

 これは、冥利に尽きるお言葉だが、実は、私の懸念ともなっている。弊社のスタッフたちにプロデューサーは育っているが、ホテルに於ける慈曲葬となれば、私の代行となる者が育っていないということ。

 つまり、司会者はいるが、「司式者」が私しかいないということである。

2003/10/19   神風タクシー    NO 580

 新大阪駅に行くのにタクシーに乗った。

 いつもは天王寺から特急「はるか」に乗り、新幹線乗り継ぎの割引料金で、阪神高速の通行料金より安く行けるが、今日は、時間の関係で日曜日ということから、車の通行量が少ないのでタクシーを選んだ。

 「お急ぎですか?」 ドアが閉まると、すぐにそう言われ、「出来たら」と応えてしまったのが悪かった。

 確か、「タクシー」という人気のフランス映画があったが、彼の車に乗り合わせたような体験で、車線変更は序の口、黄色信号で交差点に突入するわ、新御堂では100キロを超える猛スピード。お陰で寿命が縮まった。

 この運転手さん、前方の信号が赤となると、やたらに手前の道に入って行くが、そこで少し進むと赤信号にぶつかるのは常識。ご本人は、それでも<何とか速い道を>と思っておられるようだ。

 知り合いに個人タクシーのおじさんがいるが、このおじさんの長年の経験からすると、渋滞は別として、大都会では出来るだけ直進コースを走行するのが結果的に最速とのこと。つまり、信号の数を少なくすることが知恵という訳。
今日の運転手さんは個人タクシーではなかったが、無事に着かなかったら「故人」タクシーになるところだった。

 さて、タイガースが2連敗。ダイエーが強いと言えばそれまでだが、甲子園での巻き返しを期待している。

 出先のレストランで食事中、隣の席の3人連れが、タイガースについて論戦を始めた。

 「星野監督の勇退が世間に流れたのがすべて。選手に悪い影響を与えているのだ」

 そう言った意見に、一人が反論する。

 「常識で考えてみろ、シリーズの前にそんなことを公表する筈がないだろう? あれは、シークレットの話を誰かが流してしまったということだよ。絶対に漏洩だ」

 その意見、妙に納得することになったが、時計を見れば出発の時間。話の続きが聞けなくて残念だったが席を立った。

 タクシーの運転手さんも、レストランでの人たちも、人それぞれに自分が「そうだ」という意見を持っている。それが争いの元になったらいけないが、個性というものは尊重しなければならないと思うし、それが絶対に誤りと考えるなら、納得に至る説得力で対抗したいもの。

 個性というものは、時に「固」性となってしまうもの。人は、自分がかわいくて「寂しがりや」である。それに耐えることが出来なくなった時、他人に同調を求める行為に走ってしまう。

 そこで同調されない時、相手の所為に考えるタイプが困りもの。そんな「個性」は相手に「固性」と受け止められ、いっそう「孤独」の道を進み「孤性」に至る。

 孤独の「孤」という字は、弓なりという意味がある。自身が曲がっていないか考えてみたい。人は、何れ、誰でも「故」になるのである。

2003/10/18   やさしさに触れて    NO 579

 弊社にやさしい女性スタッフがいる。彼女は、今、近々に発行される葬儀司会者向け虎の巻「温故知新」の担当者。自身も司会やナレーターを担当しており「早く自分専用の『虎の巻』を」と首を長くしている。

 そんな彼女を、なぜ「やさしい」と表記したのか? それには、如何にも彼女らしい心配りがあったからだ。

 司会の「虎の巻」を入手しても、自身がそうであるように、宗教者が葬儀に用いる宗教用具についての知識が浅く、今回の虎の巻に「枕用具」などの説明があるが、本物の「かたち」を知っておきたい気持ちがあったよう。

 そんな中、このコラム「独り言」で何度か紹介申し上げた「空飛ぶ水冠」のページが参考になり、時間を見つけては開いていた。

 「この虎の巻と、空飛ぶ水冠のHPさえあれば、本当に助かります」なんて言っていたが、その彼女が秘められた行動を取っていたのである。

 「社長、報告です」と言って持ってきた1枚のプリント。そこには「空飛ぶ水冠」のページが、ようやく検索で登場することになったと書かれてあった。

 「グーグル」などのロボット検索で登場したそうだし、「グー」でも私のこのコラムが登場するとのこと。確認してみると、確かにそうなっていた。

 彼女は、そのことを自分のページのように嬉しそうな表情で伝えていた。そんなやさしい思いに応えるために、リニューアルを進めている「久世栄三郎の世界」の中で、「空飛ぶ水冠」をリンク出来るようにしようかとも考えている。

 それは、私が自信を持って推薦できるHPであり、虎の巻の発行とタイミングがよく、真剣に研鑽に取り組まれる司会者の皆さんに、計り知れない相乗効果が期待出来そうだから。

 こんなコラム「独り言」を発信してはいるが、私は、ワードに文字を打ち込み貼り付ける作業しか出来ず、ネットを開くことが出来ても<なぜ、検索で『空飛ぶ水冠』が登場しないのだ>と疑問を抱いていた。

 そんな質問をすると、「発信からすぐに登場することなんてないのです」と言われ、登場が「まだ早い方ですよ」と教えられた。

 私は、いつも寝る前にこの原稿を打っているが、それが終わると日本トータライフ協会のメンバーたちが発信するそれぞれのページを訪問する。それぞれが深夜に打ち込んでいる様子で、日付が変わってから発信されることも多い。

 九州の若いメンバーが、毎日お通夜を担当し、夜のゴールデン時間帯に放映されるドラマが見られず、友人たちと話が噛み合わないという思いを書いていたが、葬祭業には、そんな宿命も秘められている。

2003/10/18   号 外    ・・・お知らせです・・・


 『 リニューアル 』 情報

 ご訪問くださいまして誠に有り難うございます。
 
弊社のHP内「久世栄三郎の世界」は、今、リニューアルに向けて制作中です。

ナレーションは、話題を呼んでおります「司式」バージョンを「ちょっと」だけ収録し、少しでもイメージが伝わるよう編集努力いたしております。
多くの皆様から「いつ発信を?」というお問い合わせを頂戴いたしておりますが、発信の日が決まりましたら、このコーナーでお知らせ申し上げますので、今しばらくお待ち合わせくださいませ。
                       

          『 葬儀司会実務 虎の巻 』 情報

コラム「独り言」内でお知らせ申し上げました葬儀司会者向け「虎の巻」ですが、現在、日本トータライフ協会のメンバーを対象に制作中です。
タイトルが「温故知新」と決定され、上記の「久世栄三郎の世界」リニューアルページで公開が予定されています。
メンバー以外の方で「是非」とのご要望がございましたら、メールやお葉書でお申し込みくださいませ。
日本トータライフ協会の趣旨に基づき販売を目的とせず、葬祭文化の向上を指針しながら限定制作ということで進めております。
リニューアルページ発信と同時に締め切りということも考えられ、その場合には先着順ということでご了承くださいませ。
現存の教則本と異なり、その内容のソフト性から、かなり高額となりますが、その価格につきましてはリニューアルページと号外でお知らせ申し上げます。
なお、近日中に記載内容の一部をお知らせ申し上げます。

 ご訪問、誠に有り難うございました。
                                 合掌
                         メモリアルサービス事業部
                            企画室 IT担当責任者

2003/10/17   ご隠居さんの言葉から    NO 578

 人生とは「皮肉」なものである。誰よりもそう思っているのは、話題の日本道路公団総裁の藤井氏でないだろうか。

 予想だにしなかったタイガース星野監督の勇退ニュース、これは藤井氏にとっては「神罰だ」と、近所のご隠居が喫茶店で解説してくれた。

 まさに、人生とはドラマである。プロ野球は「メイクドラマである」と言ったのは、かの有名な長嶋名誉監督。長嶋さんには間違いなくインタビューが求められるだろうが、藤井氏との問題に掛け合わせて語られたら、名誉監督ならではの名言が聞けるかも知れないと期待している。

 プロデューサーとして捉えてみると、野球に限らず、すべてのスポーツは、選手一人一人が演じる筋書きのないドラマ。だから面白いものであるが、いつも主演が観客であることを忘れてはならない。

 予算の掛かっていないテレビのドラマなら、始まってすぐに「こいつが悪役だ」と分かる強烈なキャラクターを起用するが、それが面白くないのは当然で、そんなところからすると、最初から犯人をオープン化している「刑事 コロンボ」なんて、最高のドラマだとも言えるだろう。

 ある著名な映画監督と食事を共にしたことがある。彼は、そこで興味深い話を聴かせてくれた。

 「私はね、映画を作る際に最も大切にしているのは、劇場で放映される時のお客さんの目と耳なのだよ。俳優に演技を求めるのも、いつもお客さんの立場から注文をつけているということになるかな」

 新聞やテレビの報道を見ると、男の美学や「花道」という言葉が躍っている。花道とは、舞台役者や相撲世界の「出入り」の道。それを転じて華やかな道や引き際を飾る道として引用され、人生の花道という言葉につながっているのである。

 藤井氏には申し訳ないが、そんな選択を迫らされている瀬戸際に、政治や国民に挑戦することは、誰の目にも、深作監督のやくざ映画の「出入り」みたいに「殴り込み」に見えてしまうではないか。

 さて、ここでお考えいただきたいことがある。星野監督も藤井氏も、どちらも与えられた世界での花道が話題になっているが、それは、人生の幕引きではないということ。

お二人とも、これからの人生がまだまだ続くのである。これからの人生ドラマは、ご自身が脚本を書かれること。その脚本の選択で今後の人生が大きく変わり、本当の幕引きの時に客観的な立場で振り返ることになるだろう。

 「天下り」は「アマ」が仕事を求められた世界ではない筈。豊富な経験という「プロ」の結果を出す仕事。そこで自分の思っていた「筋書きと異なる」と唱えては、如何に権利があろうとも、もはや観客の拍手が鳴ることはない。

 多くの方々の終焉儀式を担当させていただくと、拍手でお見送りしたい方もある。それは、高名な方だけではない。見事に子供を育み家庭を守り築かれた父や母ということもある。

 男にも女にも「美学」はある。「終(つい)」の美を飾る人生であって欲しいと願っている。

2003/10/16   今日の雑記帳から   NO 577

 新幹線で移動し、駅のフォームからエスカレーターに乗ると、変なアナウンスが聞こえてくる。

 「ベルトに『おつかまりください』」

 これは、何処かの百貨店のエスカレーターでも耳にしたことがあるが、JRの駅に関しては全国何処も同じ声なので、きっと同じ録音テープが使用されている筈。

 「ベルトをお持ちください」ではいけないのだろうか? 「つかまる」なんてどうもおかしく、利用者が「おかしな日本語だな?」と話しているのを何度も聞いたし、大阪の言葉表現でいけば「けったいな」ということになるだろう。

 私は、「のぞみ」や「ひかり」の車内アナウンスで、女性の声で録音された「有り難うございます」というニュアンスが大嫌い。お客様に声を掛けている「仕事」ではなく、マイクに録音という「作業」のように思えてならないのである。

 司会者にナレーションを教える時、よくこのパターンに陥ってしまうもの。いかに研修という時間であっても、いつも情景を思い浮かべながら語る感性を養わなければならず、上述の「つめたさ」に何度もクレームをつけている。

 さて、今日は、ある方から、3時間ほど取材を受けてきた。

 テーマは、「葬儀は、お客様が選ばれる時代」ということで、資料や映像をご覧いただくことになったが、私の写真をデジカメで何枚か撮影されたのが恥ずかしかった。

 明日は、講演の打ち合わせに来社される方があるが、今週に行われるホテル用のビデオの吹き込みと重なっており、男女バージョンの収録をNGなしの1回でやりたいと思っている。

 冷え込んできた季節の影響からだろうか、少し、腰痛の気配を感じているし、明日の録音のことを考慮し、近所の銭湯に行き、電気風呂とスチームルームの蒸気で咽喉調整をやってきた。

 一方で、今日の日本トータライフ協会「コラム 有為転変」にも書かれてあったが、高知県の女性メンバーが、掲示板にインターシップ発表会の資料を貼り付けてくれていた。

 早速、弊社の女性スタッフがプリントアウトし、社員たちに回覧する行動を進めていたが、今の若い学生さんたちが、葬儀に対して意外な分析をしているものだと考えを新たにした。

 これらの一部は、近日中に高知県「おかざき葬儀社」さん発信の「ほっとひと息」で報告されるだろう。

 ご興味のあるお方は、弊社HP内にあるリンクのページからご訪問くださいませ。

 この若い人たちの「葬儀」ということに抱く思いや、お客様ニーズの社会変化という今日の取材には共通することがあるよう。葬儀は、確実に変わってきているし、その変化にいよいよスピードが増してくると断言する今日この頃。

2003/10/15   葬儀司会者 『実務教則本』   NO 576

 昔、ワープロが世に登場した時には驚いた。確か、シャープの書院だったと思うが、器用に使いこなすスタッフを羨望の眼差しで見つめていたことを覚えている。

 その後、数年経ってテレビ型のコンピューターが導入され、女性スタッフが私の喋るナレーションを聞きながら打ち込んでくれた。

 スタッフの全員が仕事に出掛けた際、ふとした思いでコンピューターを開け、ボタンを押したら固まってしまい、帰社したスタッフに叱られた。

 それからしばらくした頃、丁寧に教えてくれる女性スタッフが入社し、文字だけ打ち込むことを覚えたが、人差し指1本で打つのは今も変わっていない。

 さあ、そのコンピューターだが、誰もが驚くほどの文字数を打ち込み、何度か容量オーバーという現象を引き起こし、フロッピーとやらに落として貰った。

 私が触るテレビ型のパソコンは、それから2台ほど入れ替え変遷があったが、自分専用のノートパソコンを初めて手にした2001年のクリスマス、大変なことが分かり衝撃に襲われた。

 入力されてある筈のフロッピーが全く開けることが出来ず、専門家に調べて貰ったら「入力されてない」とのこと。せっせと打ち込んでいた私の貴重な財産が消滅していた。

 遠い昔、葬儀の司会者たち用の教則本があった。タイトルは「春夏秋冬」で、初版は、私が吹き込んだ司会のテープもセットされ、限られた人たちに出回ることになったが、数年の時の流れに噂を呼び、「幻の書」ということになった。

 その後、パート2、パート3、ナレーション集などに進化していったが、上記の事情も絡んで時間が止まっていた。

 そんな中、葬儀の司会の重要性が認識され、無宗教形式まで流行してきた。
 ホテル専属の司会者やブライダルからの転向組の方々は、「無宗教なら簡単」との誤った考えが潮流となり、講演やセミナー活動で、それが恐ろしい誤解であることを啓蒙していくと、「古きを知って・・・」という過日の「温故知新」の結論に至った。

 宗教者がおられない形式なら、「司会」から「司式」への意識転換が不可欠。それには宗教に基づく葬儀の司会を確実に学ばなければならないことになる。

 葬祭業は、職人技術に支えられる大工さんの世界に似ている。幕張や司会の技術を「盗め」という姿勢があり、新人社員の研鑽に無駄な時間の浪費となってしまっている。

 幕張技術なんて生かせる時代ではないのに、その技術を持っている人たちは、それが如何にも重要であるように振舞ってしまう。葬祭式場が流行する時代に逆流するような考え、押しピンを信じられないほど使用する幕張技術なんて、式場となるお寺や自宅が災難ともなろう。

 ちょっと脱線したが、話を司会に戻すと、これから大きく変革する葬儀の司会にあって、グローバルな基本となる教則本は貴重だろう。監修は、私が責任を持って担当した。日本トータライフ協会のメンバーたちには今月中に送付されるが、メンバー以外の方で要望される方には、その後にお知らせ申し上げるが、部数限定なので悪しからずご了承を。

タイトルは、「葬儀司会実務 温故知新」。詳細については、来月の前半、弊社HP内「久世栄三郎の世界」がリニューアルされたページとなるが、そのお知らせは、このコラム「独り言」の号外を予定している。

2003/10/14   落ち着かない体験    NO 575

 札幌に初雪が降り、周辺では薄っすらと雪化粧、去年より1週間早いということだった。

 毎年2月の初めに開催される札幌の雪祭り、出張の際に何度か遭遇したが、雪像物を見たのは夫婦で出掛けた旅行の時だけだった。

 その時、厚い防寒服を身に付け見学に行ったが、20分で足の筋肉がおかしくなりホテルに戻るハプニングがあった。

 部屋に来てくださったマッサージさん、「何ですか、どうされたのですか?」と不思議そうな手触り。それが、氷の上を滑らないように歩いたことが原因と分かると大笑い。

 「このシーズン、こんなお客さんが多いのです」と言われ、「雪道に慣れない都会人は、もっと履物を考えなければ」と教えてくれた。

 酷寒の北海道に、来年早々から何度か行かなければならないスケジュールもあるし、年内にも数回の予定が入っている。

 ある大規模なホテル社葬の打ち合わせで札幌に行った時、宿泊するホテルに無理をお願いし、部屋にビデオ装置をセッティングしてもらい、数人のお客様を部屋の中に招き入れるとの了解を得たことがある。

 札幌で最も格式のあるこのホテル、その対応が素晴らしく、「大切なビジネスですから」と気を利かせてくれ、角部屋のジュニアスイートの部屋を用意してくれていた。

 それは、お客様側の印象アップにつながり、スムーズな打ち合わせに進展することになったが、お客様が帰られた後、広い部屋に一人でいるのがとても寂しかったと記憶している。

 ある著名な方のお別れ会を依頼され、ホテルを紹介して欲しいということもあった。

他府県で行われたこのホテル葬、たまたま、その地のナンバーワンホテルの総支配人さんと何度か交流があり、お願いしたら快く引き受けてくださり、前日のリハーサルから行くと申し上げると、「ついでにホテルスタッフ研修会開催を」と話が進んだ。

 その日、夕方に現地入りをしてチェックインをしたら、通された部屋がスイートルーム。ホテルに宿泊していた他の関係者が全員集合し、その部屋で打ち合わせをすることになったが、深夜に解散する時、「いいですね」と羨望の眼差しで嫌味を言われた。

 私は、招待を受けることや接待されることが大嫌い。これまでに何度かホテル側の好意でスイートルームやジュニアスイートを提供くださったことがあるが、過剰サービスですとシングルルームに変更願っている。

 しかし、そんな際、そのホテルのスイートルームがどんな部屋なのかには大いに興味があり、<貴重な体験>と、いつも部屋だけ見学させていただいている。

 私には、シングルルームが似合っており、立派な部屋は落ち着かない。

 そんな中、そんなことを知っておられたホテルもあった。それらのことを部屋の机の上にウェルカム・メッセージというかたちで記され、横にはウェルカム・フルーツがさりげなく置かれてあったからだ。

2003/10/13   自慢話と裏話     NO 574

 今日は、皆さんが嫌悪感を抱かれるような自慢話をしてみよう。

 私は、青春時代に卓球をしており、そこそこのレベルにあったが、ある時、ふとした災いで、利き腕である右手首を完全骨折してしまった。

 失神しそうな痛みで手を見ると、「く」の字になっている。それで視野が黄色から薄暗くなり、飛び込んだ内科の医師に「失神しそうだ」と言われ、見るだけで逆に失神しそうなデッカイ注射器を鎖骨の辺りに打ち込まれた。

 その日は、悪いことに4月1日。応急処置だけされた包帯姿を家族の誰も信用せず、包帯を外して容態を見せてエライことになり、知り合いの接骨医に運ばれた。

 さて、ここからが自慢話。副え木で固定された右手、それは字も書けないのはもちろんだが、何より卓球が出来ないのが辛かった。

 「早くて3ヶ月」 それが医師の判断した封印期間。週に2回の通院マッサージ。

 1ヶ月ぐらい経ってから、副え木が週毎に短くなってきた。当時にリハビリなんて言葉はなかったが、その頃から素振りを始め出す。しかし、フォアが可能でもバックハンドが全く不可能。そこで、フォアだけのトレーニングに励むことにした。

 やがて、封印期間の解除が訪れたが、バックハンドだけは恐ろしくて振れない心境。そこで、イメージトレーニングを徹底し、<バックが振りたい>との欲求を2ヶ月間我慢した。

 骨折の日から5ヶ月目。クラブの仲間を相手にバックを使ってみると、全く違和感がなく、骨折前の数段も上達しており、そこから私の躍進が始まり、大阪代表の体験や、大阪社会人で優勝という結果につながった。

 誰でもバック側が弱点であり、相手はバックを攻めてくるのが鉄則。そこが私の得意ということが実力以上の結果となったのだろうが、上述の優勝を期に引退をした。

 数年が経過し、世の中にボウリングブームが訪れた頃、私は、ボウリングに挑戦していた。まずは理論からと数冊の解説書を購入し、半年後には、そこそこのボウラーになっていた。

 そんな時、予想もしなかった病気で40日間も入院することになった。

 <やりたい、なんでこうなる?> そんな焦りは、卓球で体験したイメージトレーニングで抑えることが出来たが、なにしろボールの重さが大問題。そこで病室に鉄アレイを持ち込み、シャドウプレイで看護婦さんに何度も叱られたが、医師が許してくださった。

 そして、退院。すぐにボウリング場に飛んでいったのは言うまでもない。

 それからしばらくして行われた大きな大会。団体、ダブルス、男子シングルスのオールエベンツ優勝という嘘のような結実があり、目標達成ということで引退した。

 耐えるということと緊張することは、必ず人を成長させるもの。そんな自慢話の結びに、仕事の世界のことを少しだけ。

 司会の上達は、耳からの入力。絶対に憧れる「人」を発見し、徹底してその人に成りきること。因みに、私が憧れたのは、NHKの相川浩アナウンサーだった。

2003/10/12   忍者のシナリオ    NO 573

 プライベートなことで恐縮だが、今日は、結婚記念日。私の本業流に言うと、33回忌。

 そこで、近所の友人の店に行き、てんぷらを食べて供養?とする。

 いつも書いているが、この仕事に従事していると、来る何月何日に何処かに行くなんて決めることは不可能に近く、誕生日などの記念日が、夫婦喧嘩の種ともなっている。

 所属するライオンズクラブや、遠方にいる娘からプレゼントが贈られてきたが、思わぬ方々から花束が届き恐縮の極み。明日、御礼の行動を起こさなければならない。

 さて、弊社HPのリンクページにある「高知県 おかざき葬儀社」さん。彼女が発信されていた「ほっと一息」の休載が、今日から発信を再開されることになったのでお知らせ申し上げる。

 事務所や式場のリニューアルに関して、移動させたパソコンが悪い「病気」で入院中。その間にインターシップでも多忙を極め、メンバーたちが彼女自身の身体のことを心配していた。

 彼女は、我が協会の四国のマドンナ。弊社のスタッフたちが彼女のホスピタリティあふれる感性に触れ、どれだけ影響を受けただろうか。その恩恵は計り知れないものがあり、それらは、きっとメンバーたちも同様だろうと思っている。

 もうすぐ孫がやって来るが、2年前に連れて行った高知のアンパンマン・ミュージアムが懐かしい。当時、2歳に満たなかった孫。大きなアンパンマンを目に固まっていたのを思い出す。

 また、行くか? そんな思いが高知県に被さるが、<白浜のパンダなら日帰り圏内>と、ちょっと横着な考えが生まれるのも年の所為か。

 どちらにしても、上述のように、「今から出発」というのが私のこれまでの行動パターン。

 「いつも突然で参るわ」 そんな言葉を何度耳にしただろうか。仕事の合間に忍者のように行動する。それが私の宿命かも知れないが、ゴルフをやっていた頃、とんでもないことをやらかしたので披露する。

 当時、私のホームコースは人気があり、メンバー同伴でしかラウンド出来なかった。
 エントリーも難しく、予約が取れてもメンバー自身がキャンセルということがあれば、コースに出向いて同伴者を送り出さなければならなかった。

 さあ、その当日、お昼に私が司会を担当しなければならない葬儀があった。幸い、スタートはトップ。そこで、ゴルフ場に向かう車中で同伴者に「ワン・ハーフ」というシナリオを進め、歓迎と賛同の中でハーフを回り、レストランで「ちょっと急用が」と式場に走り、1時間の式を担当し、とんぼ返りでゴルフ場に向かった。

 同伴者たちは、ちょうどワンラウンドが終わり、20分間のティータイムの最中。

 「それでは行きましょうか」と、私とのワン半目がスタートした。

 昼食は、家内に準備させたオニギリを車中で。最も疲れたのは、着替えのイライラ。

 帰路の車中、「忍者みたいな人や」と言われたが、皆さん、ワン半プレイには大満足だった。

2003/10/11   無  題     NO 572

 時間というものは、すべての人間に平等に与えられている。

 地球の自転という宇宙の神秘によって、夜のところや朝のところ、また昼を迎えているところもあるが、世界中で平等に時間が流れている。

 食事中の人、親子喧嘩や夫婦喧嘩、謝罪している人、怒りをぶつけている人、人に騙されようとしている人と騙そうとしている人、また、加害者と被害者関係に発展しようとする犯罪や、喜びを分かち合う人もあれば悲しんでいる人もいるだろう。

 一方で、恋人と愛し合う人もあれば、戦争を企て、多くの人々を苦しめようとする愚かな行為に走る人もあるだろう。

 そんな中、衆議院が解散となり、来月の選挙に向けて社会が騒がしくなっている。

 「おらが国さの先生は」だとか、「地元のために働きます」というような狭い考えが未だに語り継がれている状況では、いつまで経っても「不幸」が消え去ることはないと断言する。

 しかし、宇宙の神秘や人間の生命の根源を熱く語っても、絶対に当選することがないのも社会の事実。それらは世襲の現実や芸能人の当選を見れば一目瞭然。

 人は、誰でも自身が一番かわいくて大切なもの。それだけに、時には他人を悲しませることがある。気付かない内に他人の心に傷をつけているかも知れない。そんな傷の痛さは人によって異なるもの。その人の立場になってということは簡単ではなく、絶対に当事者にしか理解できないことだろう。

 弊社が加盟する日本トータライフ協会のメンバー専用掲示板に、ある時、ハッとすることが書かれてあった。

 著名な人生相談専門家が、医師から不治の病である告知を受け、その日から自分を完全に見失い、気が付けば<今まで他人の苦悩に対して、的確なアドバイスをしてきていたのは何だったのだ。こんな苦しみの人に、自分はどんなことを言ってきたのだ>と自責感に苛まれ、「真」は体験のうえにしか生まれないと悟られたそう。

 葬儀の世界にも評論家みたいな人が増えている。喪主の体験もない人が葬儀を語るなんて滑稽なこと。

ある高僧に、次のようなことを教えられたことがある。

「名刀は、誰が見ても名刀だが、それを誰よりも知っているのは創った人。熱い鉄を叩き、火を入れ、水に浸け、名刀にするだけの心を打ち込んでいる。そんな名刀を手に出来る侍は、絶対に人を斬ることはない。名刀は『人』そのものであり、創る人が名刀でなければ完成しないし、名刀であることを理解できる人が帯刀すべきもの」

 そんな「火入れ」をされた名刀と称され、「口入れ」を得意としない政治家の登場は、いったい何時の時代になるのだろうか?

2003/10/10   粋な感じ    NO 571

 猫に引っ掻かれ、膝に傷を負った。

 机の上に広げた新聞を見ながら、置かれてあった抗生物質配合のVGクリームを塗る。

 とたんに飛び上がるほどの激痛。よく見れば、間違って筋肉痛用のバンテリンを塗っていた。

 「ながら族」という横着をすると、こんなことになる。それを猫に教えてもらったような気がしている。

 さて、いよいよ弊社HP内『久世栄三郎の世界』、リニューアルに向けて最終段階に入った。

 ナレーションと音楽が決定し、ミキサーをお願いしていたプロに来社いただいたが、彼が数日後から中国へ出張されるとのこと。そこで帰国後にCD制作することになった。

 様々な論議が交わされ、著作権の問題を背景に、BGMは「慈曲」を使用することに決定したが、ミキサーからの提案で2曲の一部ずつをバックにし、ナレーションは「やさしさの司会」と「軽く強めの司式」バージョンで進めることにする。

 同時に流れる映像もお任せすることになり、実際の映像ビデオを数本預けることになったが、見るだけでも大変な作業を強いるもので申し訳ないところ。

 一方で、前から気になっていた宿題を片付ける作業を行った。「借り」のある方に「お返し」をということで、数日前に書いた「奉儀」の映像に礼状を添え、今日、著名な酒造会社2社に送付申し上げた。

 また、メンバーの中にも「借り」のある人物があり、1時間物のビデオ映像を発送したが、室蘭市民斎場・苫小牧市民斎場の藤井専務、そして、高知県の「おかざき葬儀社」さん。明後日には到着する筈ですので、ご笑覧を。

 そうそう、もう一人「借り」のある方が存在していた。

HP「空飛ぶ水冠」の中で私のことを書いてくださった函館の女性。函館には、上述の藤井専務のお弟子さんに当たる葬儀社が存在し、そのつながりを含めて彼女にビデオ映像1本を送付申し上げた。

 彼女は、全国に聞こえる大手葬儀社に勤務していた素晴らしい感性の持ち主。大手葬儀社の葬儀と全く異なる私の「司式」。きっと、「とんでもない」と叱責されるだろうが、こんな形式があることも事実。

 参列された方々にどのように感じられたか? それは、物事を客観的に判断される方なら一目瞭然の筈。

彼女が「古式豊かな」儀式を大切にされておられるだけに衝撃も強いだろうし、彼女のHP内にあるコラム「迷いの窓」で、「最悪の葬儀」と酷評される危険性が高いと覚悟はしているが、そう書かれないように先手を打ち、「水冠」とは「粋」な「感」じのHPと紹介しておくことにする。

2003/10/09   葬儀屋 悦生    NO 570

 昨日のNGビデオの収録をしていると、「電話です」というスタッフの声で、またNGとなった。

 ナレーションの録音中は、緊急電話以外は禁止となっているが、担当スタッフの「緊急」という判断から隠れ家に入ってきてしまったということで、<仕方がない>とやり直す。

 その電話の相手さんだが、東京の大手出版社の方。なにやら社員の方が図書館で偶然に私の著書を見つけ、面白いから新刊として出版をということだった。

 その本は、随分昔に著したエッセイ「葬儀屋 悦生」で、私が書いた4冊目となるものだった。

 著書とは、その時代の思いを綴ったもの。世に出た次の日から考え方が変わることもあり、<しまった>と思っても後の祭り。そんな思いも体験しており、「書く」ということは恥を「掻く」ということにもなると意識している。

 そんな電話のやりとりがあって事務所に入ると、多くの郵便物の中に、その出版社からの郵送物があった。

 洗練されたかっこいい封筒に書かれたボールペンの宛先文字、世の中に「達筆」という言葉があり「たっぴつ」と読んでいるが、これは、見事な「横筆」というのだろうか、出版社にしては考えられない横着な文字。きっと、若い人が書いたものと推測している。

 さて、その文書の内容だが、要約すると次のようなことだった。

 『私は、文化出版部に在籍しています。先日、弊社スタッフが東京の新橋にある図書館で、たまたま「葬儀屋 悦生」を拝見し、完成度・面白さなど、かなりの内容であると申しておりました。それで興味を持ちまして今回、お手紙を差し上げました』

 『弊社は、出版を希望される方々からの原稿応募が毎月多数届くのですが、原稿審査会議や合同出版会議が内容を審査し、優れたものを全国書店流通する弊社の新刊として決定しています』

 悦生や他の著書があれば送って欲しい。読んでみて審査にということだったが、改めて出版する気は私にはない。

 それらは生きた証であることは確かだが、つまらない著書を発刊したのは若気の至りという思いもある。

 今は、「削除が可能な」インターネットという便利なものが存在し、こうしてコラム「独り言」を発信している。削除が出来るとは「無責任」という発想も確かにあるだろうが、私に「著者」なんて大それた言葉は似合わない。

 今、葬儀司会者「虎の巻」の監修に取り組み、最終段階に入っている。トータライフ協会の多くのメンバーたちが掲示板で「是非」と表記してくれている。北国に雪の便りが来る前に何とかと考えている。

2003/10/08   NGとカミナリ   NO 569

 溜まっていたビデオナレーションの吹き込み作業をやっていた。

 何本かが終わってお茶を飲み、次の映像をスタートさせ、挿入する「慈曲」の音楽が流れ出した。

 そこで気持ちよくナレーターを始め、1分55秒のところでNGとなった。

 原稿に出てくる故人の関係者の名前、それが幾通りにも読め、取材時に書き込むべき仕事で手抜きをしていたことが発覚。季節外れのカミナリを落としてしまった。

 そこで次のビデオに進むが、今度は、2分10秒のところでNG。また、故人の尊敬される方の名前の読み方が不明で、やり直し。2回目のカミナリが落ちる。

 マンネリの中に生まれる落とし穴は恐ろしいもの。葬儀というものは、どんな小さなミスも犯せない。「故人が悲しんでいると思います」なんて言われたら、取り返しのつかない両者の心残り。

 反省で済むなら許せるが、公開することなることだけはしたくないもの。

 一方で、今、あるホテル社葬のビデオ編集を進めている。これは、2時間40分収録をダイジェスト版にし、40分ぐらいで全体的な式の流れ、無宗教形式に於ける「司式」バージョンのコメントなどを中心に、映像を見ただけで臨場感が伝わる構成に仕上げようと作業を進めている。

 また、ホテル社葬数件の式次第の中で執り行われた、ある「奉儀」部分だけをピックアップ収録し、この「奉儀」のシナリオに関係する企業に礼状を同封して贈ろうとも考えている。

 前々から礼状をと思っていたが、文章だけでは何のことか伝わらず、「百聞は・・・」ということから映像を考慮したもの。さぞかし、受け取られた企業が驚かれることだろう。

 ご訪問くださった皆様には、これが何のことか、きっと「?」でしょうが、当協会のメンバーたちなら分かる企業秘密でもあるのです。そんなところから「思わせぶり」表現で恐縮ですが、何れオープン化申し上げますのでお許しくださいますよう。

 さて、一昨日、昨日と来社していた札幌のメンバーだが、帰社してメンバー掲示板に司会者「虎の巻」に触れる一文を寄せていた。

 彼は、私の隠れ家で完成前の現物をパラパラと見ており、「垂涎の内容でした」と書き込んでいたが、ここで、若いメンバーたちに伝えておきたいことがある。

 それは、「虎の巻」という最短の道を選択することは悪いことではないが、頼りにするのではなく、参考書にする活用法が大切で、何より自身の中から光りを放つような司会者となって欲しいと願っている。

2003/10/07   レッスン   NO 568

 スケジュールが深夜に及び、1回「おやすみ」となってしまった。

 明治45年生まれの女性の方の葬儀、折悪しく雨。式場に向かう日中の車内で外気温を確かめると16度。季節はいよいよ秋の趣。手を洗う水にも冷たさが戻ってきている。

 次々に来客があり、重要な案件が絡み、私の大切なプロ・ブレーンの中の大御所にも来社いただくことになった。

 数本の映像ナレーションの吹き込みをしなければならないが、その内の1本は女性スタッフとのコンビバージョン。併せて難しい原稿を創作しなければならない宿題もやらなければと思っているが、両者のスケジュール調整が噛み合わず困っている。

 そんな一方で、札幌から協会のメンバーが到着。彼に司会のレッスンを行ったが、司会の技術の奥深さ、そして司会が高度なサービス業であることを認識してくれたと確信している。

 彼との初対面は、昨年の4月に行われた高知県での研修会。ホテルの朝食会場で同席、そこで交わした会話を鮮明に覚えている。

あれから1年半、その間に何度か会うことがあり、会う度に成長の兆しを感じるが、そんな彼が、今、大きな事業の総括責任者として挑戦中。

過日、彼の両親が来社されたが、やはりDNAとは正直なもの。両親それぞれの素晴らしい優性が彼につながっており、<これは磨けば光る>と思いながら、彼自身が、いつどこでそのきっかけを見つけることが出来るかと楽しみにしている。

 隠れ家で「司会者の虎の巻」を見せたら、「絶対、欲しいです」と言ったので、「付加価値が理解出来るか?」と前置きしながら、「価値観を価格で表現すれば?」と投げ掛けてみた。

 「10万円でも安いと思います。手にした瞬間からすぐに活用出来るのですから」

 そんな世辞的価格のことはさておき、この「虎の巻」に対して魅力を感じたようで、それは、彼自身が司会者の道を歩まなければならないという覚悟の表れであったように感じられた。

 様々な業種にあってプロの道を進むなら、絶対条件は信念と哲学を持すること。そして、最善で最短の道を発見することが、長くもあり短くもある人生に於ける重要なことだと思っている。

 しかし、次々に試練が押し寄せるのも世の常。そんな時、ハンドル、ブレーキ、アクセルの操作は自身の役目。そこで生まれる結果のすべてが自己責任ということだけは忘れたくないもの。

 一道のプロは、異なる世界のプロを心から信頼するもの。そこに波及する関係が、また新たな世界を広げることになる。

 昨夜、そんな一流プロの哲学に触れた幸せに感謝している。

2003/10/05   司会者用 『虎の巻』   NO 567

 一昨日、「NO 565 温故知新」で書いた「葬儀司会の虎の巻」だが、多くのメールをいただき、お手紙をいただいた方もあって驚愕している。

 「どこを探しても分かり易い解説書がなくて困っていました」
 「いつもお寺様のことが不安で、震えながらマイクを握っています。お経のことが触れられた解説書、すぐにお願い申し上げます」
 「神式の体験がなく困っています。神式のことも記載されているのでしょうか?」

 すべての方々に返信を差し上げることが難しく、取り急ぎ、このコーナーでお礼を申し上げます。

メールや手紙をくださった皆様、この駄文の列記である「独り言」をご訪問いただき恐縮しております。販売が決定すれば必ずお知らせ申し上げますのでお待ちくださいませ。

 さて、メールの中に、宗教者が葬儀で使用される「宗教用具」について「恐怖感を抱いています。開式の前に準備するべき用具が分からず、叱られたこともあります」という方がおられた。

 葬儀の司会を担当する者には、この問題は極めて重要なこと。しかし、長い経験で学ぶべきということは酷なことであろうし、そんな恐怖感が司会者にとって大切な環境となる
「余裕」をなくするという悪影響を及ぼしてしまう。

 そこで、過日に書いた推薦HP「空飛ぶ水冠」を、再度下記申し上げますのでご訪問くださいませ。

 一方で、メールの中に「『冥福』や『祈る』の言葉で叱られるという宗教は、仏教なのでしょうか?」というご質問があったので、ここでお答え申し上げる。

これは、過去ログに書いたように記憶しているが、「浄土真宗」での教義である。

 死の定義は「往生」であり、霊魂「ある、ない」を問わずというところから「ご霊前」も禁句であり、「ご冥福をお祈り申し上げ、ご霊前、黙祷をお願い申し上げます」なんてコメントしたら、導師さんが「何を言うか」と後ろを振り返られるほど危険な言葉。

 そんなところから、浄土真宗では「お浄土へと往生」「お念仏にて偲ぶ」「ご仏前、合掌、礼拝」などが基本となっている。

 また、「葬儀ならびに告別式を開式・・・」というコメントが多く使用されているようだが、宗教者を迎えた場合は「葬儀式」。そして、「ならびに」という言葉は悲しみの場では禁句であることも知っていただきたいもの。

 そして、大阪では遺族の謝辞を司会者が代行する場合が多いが、「喪主、親族に成り代わりまして」なんてコメントするのは司会者失格。これほど僭越な発言はなく、絶対に成り代わることが出来ない立場であることを心しておきたいもの。

 世の中に「知らぬが仏」という言葉があるが、日常に使用している言葉に仏教に関する言葉が山ほどある。弔辞によく登場する「黄泉の国」「草葉の陰」「幽冥境をことにして」なんて言葉を司会者が使用したら、浄土真宗のお寺様なら「この司会者、何を考えている」と失笑される筈。

失笑から、後で叱責され教導されることがあれば、本当に有り難いことだと感謝したいものである。

推薦HP・・「空飛ぶ水冠」

http://www5e.biglobe.ne.jp/~e-kaori/

2003/10/04   ノスタルジー    NO 566

 早朝に葬儀の依頼の電話があり、お疲れモードが体調不良に進んでしまった。

 そんなところから少し早めに自宅に帰り、久し振りにテレビをつけると懐かしい光景が飛び込んで来た。

 それは、釣りの番組で、私が若い頃に嵌まり込んだ道楽の世界「ヘラブナ」の特集であった。

 画面に映し出されている湖面、それは、愛媛県の鹿野川ダム。当時に釣り仲間だけが利用していた釣り宿も登場し、懐かしさでいっぱいになった。

 2人の釣り師が次々にヘラブナを釣り上げている。その大きさたるや小さいので35センチ。これは?と思うと40センチ以上もあり、背高で幅広の魚形にヘラブナらしい可愛い目が印象的だった。

 愛媛県の肱川上流にあるこのダムは、古くから大型ヘラブナの宝庫と言われ、何度か挑戦してみたが、いつも惨敗に終わった苦い経験がある。

 当時に釣行をご一緒したのは近所のおじさんお2人だが、お2人共、もう、この世にはおられず、そんな思いが被さって釣り宿での夜を思い出した。

 過去ログにもあるが、多くの釣り師仲間の葬儀を担当し、「形見」として頂戴した名竿が数多くあり、今は、使用することもなく大切に保管をしているが、もう「火入れ」程度で使用可能になることがないと予想している。

 これこそ「宝の持ち腐れ」ということになるが、芸術的と称された日本の名竿だけに、記念館でもあれば寄贈したいと考えている。

 記憶の中にある竿師の銘だが、「源竿師」「竿春」「夢坊」「櫓声」「一文字」「影舟」「至峰」「こまどり」など、往時の歴史を飾る、まさに天下の名竿であった。

 ある時、西名阪高速道路の香芝サービスエリアの下にある「分川池」で釣っていて、びっくりしたことがあるので紹介しよう。

 この大きな池の桟橋で5人ぐらいが釣っており、私が魚を釣り上げる竿の曲がりを見られた御仁が近付かれ、「やはり、至峰さんだ」と言われたのである。

 後で知ったことだが、この方はヘラブナ雑誌で著名な方。

その後、この方の紹介で紀州にある竿師の集まる池、「隠れ谷」に釣行したことも懐かしいところだし、趣味が高じて釣り池を手に入れられた近衛十四郎さん、松方弘樹さん親子の「亀岡」の池にも何度か足を運んだ。

 竹竿、竿師に関する記念館などがあれば、是非、お知らせいただきたく、よろしくお願い申し上げます。

2003/10/03   温故知新    NO 565

 最近、無宗教形式の葬儀について、「勉強させてください」というメールや電話の問い合わせが多くなってきた。

 それらの大半は、葬儀の司会者やブライダル司会者から転向された方だが、葬儀社の経営者の方も少なくない。

 また、併せて、昨日の「独り言」にも関係するが、司会者から司式への意識改革について「技術的な指導を」という要望も増えてきているが、技術の前に学ぶべきことがあると提起したい。

 誤解をされたくないので明記申し上げるが、私は、決して奇抜な「新し好きの物好き」ではない。これまでの長い経験とお客様のニーズを「かたち」として構築した世界であり、今日のタイトルである「温故知新」が背景に秘められているとご理解願いたいところである。

 無宗教の葬儀を担当するなら、まず、葬儀の歴史や宗教の基本だけは学んで欲しいもの。そして、悲嘆というものの入り口だけでも共有することが出来るよう、真摯な研鑽をつとめていただきたいと願っているし、そんな世界をちょっとだけでもと思われるなら、是非、日本トータライフ協会のHPをご訪問くださればと思っている。

 私の無宗教形式の進行は、コンセプトとして宗教を重視した「超宗教」があり、司会という「会」を司る進行係では絶対に不可能な世界であり、何より「命の伝達」を大切にしている。

 その姿勢なくして終焉の大切な儀式を司会するなんて「礼節」を欠いていると断言したい。

 ブライダルの司会者たちからの転向組が多いが、彼らが最初に求めてくるのは「宗教課題」。

宗教の奥の深さに畏敬の心情も抱かず、ただ進行ビジネスとして捉えているのは寂しい限り。宗教の異なりによって「死」の定義も異なり、必然として司会のコメントも違ってくる。「ご冥福」や「祈る」と言っただけで叱責を受ける宗教も存在する。

司会者対象の講演やセミナーで、そんな基本的な講義をすることが疲れるようになってきた。レベルの高い「司式」や「無宗教」がテーマなら遣り甲斐もあるが、世間に多くおられる講師の方々には申し訳ないが、そんな基本の部分をすべて文書化したものを世に出して解決したいとも思っている。

 実は、それは、もう完成しており、明日から提供することも可能である。大半の宗教の葬儀の進行基本がまとめてあり、葬儀社の社員教育にも役立つ内容となっている。

 プリントアウトして枚数を数えたら、100ページと少し。導師がつとめられる「お経」のことにも触れてあり、それさえあれば明日から葬儀の司会が可能という「虎の巻」となるだろう。

葬祭文化の向上を目指す日本トータライフ協会の存在があるが、取り敢えず、メンバーたちからオープン化しようと考えている。

 限定販売ということになるだろうが、ご興味があればメールをどうぞ。「温故知新」の最短の道となれば幸いである。

2003/10/02   隠れ家への訪問希望    NO 564

 日本トータライフ協会のメンバー専用掲示板に、「ヘぇー、と驚かれるものを郵送しました。お楽しみに」と、私宛に北海道のメンバーが書いていた。

 昨夜、事務所に寄ると、その郵送物が届いており、早速開いてみるとDVDが同封されていた。

 それは、私が司会を担当している世界が収録されたビデオの編集。ホテルでの大規模な無宗教形式の社葬が挿入されていた。

 カセットテープとCDの異なりのように、ビデオテープとDVDとの違いと便利さについて解説された手紙もあり、心から嬉しく思って手を合わす。

 協会のメンバーたちには、それぞれが卓越した特殊な技術を有しており、協会主催の研修会では、「みんなが先生、みんなが生徒」を合言葉にソフトやノウハウの交流が行われており、弊社のスタッフたちも様々なテクニックを学ぶことになった。

 最近、そんなメンバーたちの間に流行している言葉がある。それは「体感に勝るものなし」ということで、式進行における司会やスタッフの動きについて、その現場で会葬者の一員として体感すること。

 しかし、目と耳で感じたことを持ち帰り、社内全体にそれを伝えることは至難の世界。そこで映像の交換による交流が歓迎されている。

 弊社には、そんな全国の葬儀のビデオがあるが、その地独特の慣習まで学ぶことが出来、こんな有り難いことはないと思っている。

 弊社からプレゼントしている映像は、その大半がホテル葬。偲ぶ会、お別れ会、社葬などが中心となり、私が司会を担当しているものが多い。

 ホテル業界や葬祭業界向けの講演、セミナーで映像を流すこともあるが、そんな場合、いつも「お断り」を伝えてから始めている。

「皆さんは、ホテルや葬祭業者の立場で見るべきではありません。そこに参列された会葬者の立場で体感してください」

 なぜ、そんなアドバイスをしなければならないのか? それは、ホテル側、葬儀社側の立場で見ると、自分たちに出来ない世界を見せられるとカルチャーショックを飛び越え、必ず「否定」に進んでしまうからである。

 客観的な立場で見ると、<こんなことが現実に行われているのだ。競合他社が導入したら大変な差別化が生まれ、自社が最悪の方向に陥るではないか>というような危機感が生まれ、大きな意識改革につながる訳である。

 上記の「否定」と、この認識の差異の大きさがご理解いただけるだろうが、弊社のオリジナルな進行シナリオは、他社の追随を許さない特別な世界であると自負している。

 協会のメンバーたちが知る「私の隠れ家」。そこで映像と司会の実際を体験することは、それこそ特別な司会者のステップアップの窓口。

 今、そんな申し込みがひっきりなしに続いている。

2003/10/01   来客の言葉から    NO 563

 過日、名古屋でメンバー会社の合同社葬が行われたが、喪主をつとめられていたメンバーが来社された。

 「反省することはありましたが、後悔することはひとつもなく、いい社葬が出来ました」と言われ、悲しみと疲れの中、今の季節のようにさわやかな表情を見せていた。

 この社葬、前にも書いたが、彼の謝辞が何より素晴らしかった。全国から参列した協会のメンバーたちも全員が感動し、北海道の苫小牧市民斎場が発信している「めもりあるトピックス」にも、そんな思いが感想として掲載されていた。

 言葉で人を感動させることは難しいこと。言葉のプロである「司会者」が感動を与えることが出来ると思っていたら大間違い。心の中に生まれる共鳴が参列者と一致することが条件であり、そこにプロデュースパワーの真髄があるように思っている。

 「素晴らしい謝辞で、みなさんが感動していたよ」と伝えると、彼は、涼しい顔で「自分の感じたことを、そのまま言葉にしただけです」と返してきたが、本葬の日を迎えるまでの準備期間に費やしたスタッフたちとのコミュニケーション、そこに生まれた「会長を心からお送りしよう」というまでのプロセスが、見事に凝縮された言葉のように感じた。

 故人も彼も宗教者。そんなところから第一部の葬儀式は、厳粛な仏教行儀に則って執り行われたが、この儀式があったからこそ第二部の「慈曲葬」が生きたと思う。

 第二部には宗教者の方々の参列もあり、「一にお寺、二にお寺、三にお寺」という地域にあって心配していたが、「こんな送り方があったのか」という賛同的なお言葉を頂戴したそうで安堵している。

 今、葬儀に関する世界が大きく変化してきている。宗教者の中に、「共に葬儀を考えていきましょう」というお方もおられるし、一方で、「葬儀のお布施をご存知ですか?」「葬儀の導師を引き受けます」という、大きな新聞広告を出された組織も登場した。

 ネットの世界を覗いても、もはや「何でもあり」の感を覚えるが、家族が大切な人を喪った瞬間に「遺族」となり、そこに生まれている悲しみの理解だけはして欲しいもの。

 『なんでもかんでも』安かったらよいものではない。宗教者も葬儀社も本物を選びたいものだし、納得されないものは不信感を抱かれ、やがて消滅していくだろうが、葬儀とは非日常的なこと。それだけに難しい問題がある。

冒頭の彼ではないが、後悔の生まれない葬儀が最高。『後の祭り』となったら、あまりにも故人が気の毒。そんな葬儀が増えてきていることも事実。

 講演での質疑応答で、「悪質業者を取り締まれ」なんて言われることも少なくないが、一生に一回のことを、おかしな業者に託した側の責任も考えていただきたいもの。

 人の死は、本人と家族に「心残り」が必ずあるもの。そのうえに心残りを加えてはサービス業としての資格はない。葬祭業とは、心残りの軽減のためのお手伝いをする仕事。

 全国に点在する日本トータライフ協会のメンバーたち。彼らは、そのことだけはしっかりと学んでいる。


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